平成23年司法試験 民法 参考答案
2026年8月16日
参考答案
第1 設問1
1 小問⑴
⑴ Cは、Bに対し、不当利得返還請求(703条)をすることが考えられる。
Bは、Aとの甲建物の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)に基づき、改修後の内装の所有権を取得している。他方、CはAとの請負契約に基づいて甲建物の改装工事を行ったにもかかわらず、Aが無資力となったことにより、請負代金債権の残額2500万円を回収できない状態にある。
したがって、BにはCの提供した財産及び労務による「利益」が帰属する一方、Cにはこれに対応する「損失」が生じている。
そして、上記のとおり、CはAが無視力となったことによってAに対する請負報酬債権の価値が無価値になったといえるため、Bの利益とCの損失とには社会通念上の因果関係が認められるといえ、「よって」にあたる。
⑵ もっとも、Bの利得に「法律上の原因」がないといえるか。
この点、本件のように、請負人C、注文者A、建物所有者Bという三者間の法律関係が存在する場合には、BとAとの契約関係を全体としてみて、Bが当該利益を対価関係なく取得したといえるかという観点から、「法律上の原因」の有無を判断すべきである。
本件賃貸借契約における賃料は月額200万円であるのに対し、改修後の甲建物一棟全体の賃料相場は月額400万円である。また、AとBはこの相場を認識していた。そうすると、3年間の賃料差額は合計7200万円となるはずであるが、本件賃貸借契約では、甲建物の改修工事費用をAが負担することとされ、その額は合計7000万円である。
以上からすれば、本件賃料が相場より低額に設定されたのは、Aが改修工事費用を負担することの対価としての意味を有するものといえる。
したがって、Bは改修による利益を無償で取得したものではなく、低廉な賃料という形で実質的な対価を負担しているから、Bが当該利益を保持することには「法律上の原因」がある。
⑶ よって、CのBに対する703条に基づく不当利得返還請求は認められない。
2 小問⑵
⑴ Cは、Aに対する2500万円の請負代金債権を保全するため、AのFに対する敷金返還請求権を代位行使することが考えられる(423条1項)。
もっとも、AはFに対して敷金返還請求権を放棄している。この放棄は、FのAに対する敷金返還債務についての免除(519条)に当たる。
そこで、Cは、Aによる債務免除について、詐害行為取消請求をすることが考えられる(424条1項)。
まず、CはAに対して2500万円の請負代金債権を有しており、この債権は詐害行為より前の原因に基づいて生じたものであるから、424条3項との関係でも問題はない。
次に、Aによる免除が「債権者を害することを知ってした行為」に当たるか。
Aは平成22年2月分以降の賃料を支払っておらず、Fは未払賃料600万円を敷金から控除することができる。そのため、少なくとも600万円については、Aが現実に返還を受けられるものではなく、この部分についての免除はCの共同担保を実質的に減少させるものではない。
これに対し、残額700万円については、AがFに対して有する財産的価値のある敷金返還請求権を無償で消滅させるものであり、Aの責任財産を減少させる。
また、Aは無資力であり、免除によってCが請負代金債権の満足を得られなくなることを認識していたから、債権者を害することについての認識も認められる。
したがって、700万円の範囲では、Aによる債務免除は「債権者を害することを知ってした行為」に当たる。
さらに、Fは、Aから、Aが事実上の倒産状態にあること及びCに対する2500万円の請負代金が未払であることを告げられている。
したがって、Fも免除によってCを害することを知っていたといえ、424条1項ただし書にも該当しない。
よって、Cは、700万円の範囲でAによる債務免除の取消しを裁判所に請求することができる。
⑵ 詐害行為取消しの効果は債務者及びその全ての債権者に及ぶから(425条)、免除が取り消されれば、AのFに対する700万円の敷金返還請求権について責任財産としての状態が回復する。
そこで、Cは、同請求権について債権者代位権を行使することが考えられる(423条1項)。
CはAに対して2500万円の請負代金債権を有し、Aは無資力であるから、「自己の債権を保全するため必要がある」といえる。
また、敷金返還請求権はAの一身に専属する権利ではない。
さらに、甲建物の工事は終了し、平成22年1月31日に引渡しも完了しているから、Cの請負代金債権について履行期も到来している。
そして、本件賃貸借契約は平成22年10月31日に終了し、AはFに甲建物を返還しているから、敷金返還請求権も発生している(622条の2第1項)。
したがって、Cは、700万円の範囲でAのFに対する敷金返還請求権を代位行使することができる。
⑶ そして、被代位権利が金銭の支払を目的とするものであるから、Cは、Fに対して自己に直接700万円を支払うよう請求することができる(423条の3)。
もっとも、代位行使によってAのFに対する債権がCに移転するわけではないから、Cが自己のAに対する請負代金債権と当然に相殺し、優先弁済を受けることはできない。
第2 設問2
1 Gは、FG間の契約について、Fの債務が履行不能となったことを理由として解除することが考えられる(542条1項1号)。かかる主張が認められるためには、①履行不能(同号)、②債務者の帰責事由(543条)、が必要である。
2 ①について
⑴ FG間では、将来発生するAに対する賃料債権が取引の対象とされている。
将来債権については、債権が現に発生していなくても譲渡することができる(466条の6第1項)。
もっとも、将来債権はその性質上、実際に発生するか否かが不確実なものであるから、単に対象となる将来債権が発生しなかったというだけで、直ちにFの債務不履行になるとはいえない。
しかし、将来債権の譲渡人が、自らの行為によって将来債権の発生を阻害することまで自由に許されるとすれば、譲受人に不測の損害を与え、将来債権を取引対象とした契約の目的も害される。そこで、FG間の契約の趣旨及び信義則(1条2項)上、Fは、少なくとも不当に将来債権の発生を阻害しない義務を負うと解する。
⑶ 本件では、FがFA間の賃貸借契約を解除した結果、それ以後の賃料債権が発生しないことが確定しており、Fは正当な理由もないのに、将来債権の発生を阻害したといえる。したがって、Fの上記義務は履行不能となったといえる。
3 ②について
本件では、Fが本件賃貸借契約を解除したとき、Aはすでに事実上の倒産状態であり、今後の賃料支払いはほぼ見込めない状況であった。そのため、解除の有無にかかわらず、Fが賃料債権の価値を維持することはほぼできなかったといえる。そうすると、Fが自分の義務違反を認識しながら解除したとはいえず、故意は認められない。また、過失もないと言えそうである。
しかしながら、現在の状況では賃料債権の価値を維持できなくても、将来の状況次第では賃料債権の価値が復活する可能性も一応存在する。また、回収が困難な債権をどうするかについても、債権が帰属する譲受人が自由に判断できるべきであって、譲渡人が勝手に判断すべきではない。そのため、現状債権の回収が困難であっても、債権の譲渡人は、できる限りその債権の価値を維持すべき注意義務を負う(400条参照)。その一内容として、本件において、Fは、本件賃貸借契約を解除しない義務を負う。それにもかかわらず、Fは本件賃貸借契約を解除している。
したがって、Fには過失があり、「責めに帰すべき事由」が認められる。
4 以上より、Gは542条1項1号により、FG間の売買契約を解除できる。
第3 設問3
1 小問⑴
(1) まず、Hは、Dに対して、709条に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
ア Hの請求に対して、Dは、Hは甲建物と全く関係のない第三者であり、Hに対しては何ら注意義務を負わないから、「過失」行為が認められないと反論することが考えられる。
建物は所有者や住人以外の第三者も利用するものであるから、建物の建築に関わる施工者等は、契約関係にない者との関係でも、建物としての基本的な安全性が欠けることがないよう配慮すべき注意義務を負う。基本的な安全性が欠けるとは、居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすような瑕疵があることをいう。
本件のDは、第三者が利用する可能性のあるエレベーターの設置を行う請負人であって、上記義務を負う。それにもかかわらず、Dが設置工程において必要とされている数か所のボルトを十分に締めなかったことで、Hの身体を危険にさらす瑕疵が生じ、建物としての基本的な安全性が欠けている。
したがって、Dの反論は認められず、Dには上記義務の違反があり、「過失」行為が認められる。
イ Hは、右足を骨折しており、身体という「権利」の侵害が認められる。また、Hは右足の治療費支払いなどの「損害」を被っている。さらに、Dの上記「過失」行為がなければ、エレベーターは適切に稼働し、Hがけがをすることもなかったから、「過失」行為と「損害」との因果関係も認められる。
ウ したがって、HのDに対する損害賠償請求は認められる(709条)。
(2) 次に、Hは、甲建物の占有者であるAに対して、717条1項本文に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
ア エレベーターは、土地に接着した甲建物内にあるから、「土地の工作物」にあたる。また、エレベーターは、下降中、突然大きく揺れることなく安全に人を運搬する乗り物であるところ、甲建物のエレベーターは下降中に大きく揺れ、Hを骨折させるに至っている。そのため、工作物が通常有すべき安全性を欠き、「設置又は保存に瑕疵によって」損害が生じたといえる。
イ これに対し、Aは、賃借人として甲建物を占有しているにすぎず、「損害発生を防止するのに必要な注意」を怠っていないから、717条1項ただし書により責任を負わないと反論することが考えられる。
本件のHが被った損害は、Dがボルトを十分に締めていなかったことに由来するものである。エレベーターは、構造上、簡単な整備点検を除けば、専門業者にしか不具合が分からない機械であり、ボルトの締め具合は、専門業者でなければ気が付くことのできない細かな不具合である。そのため、Aは、ボルトの締め具合を確認するという義務を負わず、「損害発生を防止するのに必要な注意」を怠っていないといえる。
ウ したがって、Aの反論が認められるから、HのAに対する損害賠償請求は認められない。
(3) 717条は、占有者が「必要な注意をしたとき」には、所有者に無過失責任を負わせる規定であるから、Hは所有者Fに対して損害賠償請求できる。なお、Fは間接占有者であるが所有者である以上、無過失責任を負う。
2 小問(2)
(1) Hに過失は認められないため、722条2項の適用はない。もっとも、Hの身体機能の低下及び疲労の蓄積が骨折の原因となっている以上、722条2項を類推適用し、損害賠償額の減額ができないか。
(2) 722条2項は、当事者間の公平を図るための規定であるところ、被害者に身体的素因がある場合にも、かかる趣旨が妥当する。そのため、Ⓐ被害者の身体的特徴が疾患にあたるか、Ⓑ疾患にあたらないのであれば、そのような者が通常人よりも慎重な行動を求められる特段の事情があるにもかかわらず、慎重な行動を怠った場合、722条2項を類推適用できると解する。
(3) 加齢による身体機能の低下や疲労は、誰しも経験するものであるから、疾患にあたらない。また、身体機能の低下について、歩く際にバランスを崩すことはあるものの、日常生活に影響はないと医師から判断される程度であり、特段の事情を基礎づけるほどではない。さらに、疲労によりふらつくなどの事情もないから、やはり特段の事情はない。
よって、722条2項類推適用により賠償額の減額はできない。
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