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平成23年司法試験 刑法 参考答案

2026年8月16日

参考答案

第1 甲の罪責

1 甲が乙の腹部を殴打し、髪を掴んだ上、その顔面を右膝で3回蹴るという不法な有形力の行為によって、乙に加療約1ヶ月を要する「傷害」結果を負わせたから、傷害罪(刑法204条)が成立する。

2 甲が丙に対して、腹部や大腿部を蹴る、頭部を締め上げるといった一連の有形力の行使によって、丙に加療約1週間を要する「傷害」結果を負わせたから、傷害罪が成立する。

3 甲が車を加速させた上で蛇行運転をして乙を振り落とした行為について殺人未遂罪(203条、199条)の成否

⑴ア 殺人罪の実行行為とは人を死に至らしめる現実的危険性を有する行為をいう。

イ 本件甲の行為は、乙が通常走行中には人が乗ることが想定されていない車のステップに両足を乗せた状態で時速50キロメートルで約200メートルに渡って車を蛇行運転させるものであって、乙が道路上に落下する危険性が非常に高いものである。そして、乙が車高の高い四輪駆動車から時速50キロメートルの走行中に落下すれば、かなりの強度でアスファルトで舗装された道路に頭部等の身体を打ち付ける可能性が高く、致命傷を負う危険があるといえる。そして、乙は車の運転席側を向いた状態で捕まっているところ、遠心力により乙が落下することになれば、乙は後ろから落下する可能性が高く、後頭部等の人体の数要部を打ち付ける可能性が高いといえる。さらに、本件の道路は片側3車線の交通量の多い道路であって、道路上に倒れた乙は後続車に轢かれる危険性が十分に認められる。

以上からすれば、本件行為は乙を死に至らしめる現実的危険性を有する行為といえ、殺人罪の実行行為に当たる。

⑵ 乙は死亡していない。

⑶ア 故意とは客観的構成要件の認識・認容をいう。

イ 甲は乙が走行中に通常人が乗ることが想定されていない自車のステップに乙が両足を乗せた状態であることを認識した上で、自車を時速50キロメートルで蛇行運転させている。そして、甲は「乙が路面に頭などを強く打ち付けられてしまうだろう」と乙が頭部を打ち付けることで死の危険があることを認識した上で「乙を振り落としてしまおう。」とその結果を認容している。以上からすれば、甲は少なくとも乙の死亡結果を未必的に認識認容していたといえ、殺人罪の故意が認められる。

⑷ 以上より、甲に殺人未遂罪の構成要件に該当する。

⑸ もっとも、甲が上記行為に及んだのは、乙による侵害行為から逃れるためであったから、甲に正当防衛(36条1項)が成立しないか。

ア まず、乙による侵害行為は、甲の乙に対する前記傷害行為に起因するものであるところ、いわゆる自招侵害の場合に正当防衛が成立するか。

正当防衛が違法性阻却される根拠は、侵害行為に対して防衛行為に出ることが社会的に相当であるからである。したがって、①侵害者の行為が行為者の行為に触発された一連一体のものであって、②行為者の行為が侵害者の行為の程度を超えるものであったか等を踏まえ、防衛行為に出ることが社会的に相当といえるか否かで判断すべきである。

後述の乙による襲撃行為は、甲に繁華街で侵害を受けた直後に、かつ甲が乙に対する傷害行為を行った場所から約300メートル離れた車道上において行われたものであって、甲の行為に触発された一連一体のものであるといえる(①。他方、甲の挑発行為は腹部や顔面を殴打し、蹴る等激しいものであったものの、乙の侵害行為も、刃体の長さ10センチメートルのナイフで、何ら武器を持たない甲に切り付け、更に車で逃げようとする甲に対してナイフを車内に突っ込み、甲の頭部や顔面にナイフを向けて「やくざ者なめんな」「降りてこい」等の害悪の告知をするという相当強度なものであった。これらのことからすれば、乙の暴行態様は甲の行為の程度を大きく超えるものであったといえる(②)。

よって、甲が防衛行為に出ることは社会的に相当といえる。

イ 「急迫不正の侵害」とは自己または第三者の法益が侵害され又は侵害される恐れが間近に差し迫っていることをいう。

乙は、甲車と併走していた時点では、ナイフを運転席の甲に突き出すなどして、甲の身体に対する法益侵害の危険があったといえる。しかし、甲が蛇行運転を始める前に持っていたナイフを車内に落としており、走行している車の外部から不安定な状態でしがみついていることからすれば、甲の身体に対する法益侵害の危険は消滅したと思える。

もっとも、それでもなお乙は右手の拳で甲の車の窓ガラスを叩きながら、「てめえ、降りてこい、車を止めろ。」などと言っており、なお甲に対する攻撃意思が窺われることからすれば、この時点でも甲の身体に対する法益侵害の危険は差し迫っていたといえる。したがって、「急迫不正の侵害」がある。

ウ 「防衛するため」といえるには防衛の意思、すなわち急迫不正の侵害を認識しつつ侵害を避けようとする単純な心理状態が必要である。

甲は、乙の甲に対する攻撃を認識した上でそれから逃れるために本件蛇行運転をしているから、防衛の意思がある。

エ 「やむを得ずにした行為」とは防衛行為として必要性、相当性を有する行為をいう。

本件で、甲が侵害される恐れのある利益は生命・身体という金銭賠償で回復困難な重大な利益である。もっとも、甲が蛇行運転という防衛行為をした時点で、乙は凶器たるナイフを車内に落とし、かつ車にしがみつくという不安定な状態であったことからすれば、侵害行為の危険性は小さくなっている。他方、甲の防衛行為は、時速50キロメートルで走行中の車を蛇行運転させ乙を道路上に振り落とすというものであって、生命侵害の危険性が極めて高い行為である。また、甲は周囲に助けを求めるといった代替手段をとりえたのに、蛇行運転行為という手段を選択している。

以上からすれば、防衛行為としての必要性、相当性を欠くものといえ、「やむを得ずにした行為」とはいえない。

⑹ 以上から、甲には殺人未遂罪が成立し、過剰防衛(36条2項)となる。

4 以上より、甲には乙に対する傷害罪(①)、殺人未遂罪(②)、丙に対する傷害罪(③)が成立し、これらは別個の行為によって生じたものであるから、併合罪(45条前段)となる。

第2 乙の罪責

1 乙が甲の腰背部付近を数回右足で蹴り、丙が甲の頭部を右手の拳で2回殴打したことで甲に加療約2週間の頭部打撲および腰背部打撲等の怪我を負わせたことについて、丙との間で傷害罪の共同正犯(60条、204条)の成否

⑴ア 共同正犯の処罰根拠は、犯罪結果に対する因果性及び正犯意思にある。したがって、「共同して」「犯罪を実行した」といえるためには①共謀、②共謀に基づく実行、が必要である。

イ(ア)共謀とは、故意及び正犯意思を前提とした特定の犯罪の共同遂行の合意をいう。

丙は乙とともに甲に対して暴行を加えているから暴行の認識認容があるといえ傷害罪の故意がある。また、乙と丙はかつては同じ暴走族に所属しており、現在も共に酒を飲む仲であることから、丙は乙を助ける動機がある。そして、乙と丙はいずれも甲に対する暴行という傷害罪の実行行為を行っている。これらのことから、乙と丙は自己の犯罪として傷害罪を実行する意思があるといえ正犯意思がある。これらの意思を有する乙と丙が傷害罪を共に行う旨の合意を黙示的に形成している。

以上からすれば、傷害罪の現場共謀がある(①)。

(イ)乙と丙は上記の共謀に基づいて、共に上記行為に及んでいる(②)。

(ウ)よって、乙らの上記行為は傷害罪の共同正犯の構成要件に該当する。

⑵ もっとも、乙の行為は甲から頭部を締め上げられた丙の身体の安全を守るために行ったものであり正当防衛が成立しないか。

ア 乙が甲の腰背部付近を数回蹴った時点で、甲は丙の頭部を締め上げていたことからすれば、第三者たる丙の身体という法益に対する侵害があったといえ、「急迫不正の侵害」がある。

イ 乙は甲にやられた仕返しをしようと意思を有していたものの、丙を助けようという防衛の意思を有していたことから「防衛するため」といえる。

ウ 本件では、甲によって丙の身体という重大な法益が侵害されていた。そして、侵害者である甲は丙より体格で勝っており、かつ甲は普段から体を鍛えていたことからすれば、甲が丙の頭部を締め上げるという行為の危険性は高かった。これに対し、乙が甲の腰背部を蹴る行為は甲の侵害行為と比較すると甲の侵害行為の危険性を上回るほど危険性の高いものとはいえない。したがって、防衛行為として必要かつ相当な行為といえ「やむを得ずにした行為」である。

⑶ よって、上記行為には正当防衛が成立し、傷害罪の共同正犯は成立しない。

2 乙が甲の前腕部をナイフで切りつけた行為に殺人未遂罪ないし傷害罪の成否

⑴ 乙は殺傷能力を有する刃体の長さ約10センチメートルのナイフで甲に切りかかっているものの、切りつけている部分は甲の身体の枢要部ではなく左手付近の前腕部に過ぎないから、甲を死に至らしめるほどの危険性は有さない。したがって、殺人罪の実行行為性が否定されるから殺人未遂罪は成立しない。

もっとも、上記行為により甲の左前腕部に加療約3週間を要する切創をおわせ、生理的機能を障害していることは明らかであるから、傷害罪の構成要件に該当する。

⑵ もっとも、上記行為は、第1行為における乙の反撃行為と一体のものとして過剰防衛となるか、それとも独立の行為として傷害罪が成立するか。

ア 行為は主観と客観の統合体であるから行為の一体性は、法益侵害の同一性、時間的・場所的接着性、意思の連続性から判断する。

乙は、第1行為に引き続き、逃走した甲を乙が追いかけ、300メートル離れた時点で第2行為に及んでいるから、法益侵害の同一性、時間的・場所的接着性は認められる。他方、乙がナイフで甲に切りつけた時点では、甲はすでに逃げ出しており、もはや侵害が継続していたとは認められない。したがって、第2行為の時点で防衛の意思が継続していたとはいえず、行為の一体性は否定される。

イ そして、上述したように第2行為の時点では「急迫不正の侵害」はないから正当防衛は成立しない。

⑶ よって、乙には傷害罪が成立する。

第3 丙の罪責

1 甲の頭部を右手で2回殴打した行為について傷害罪の共同正犯の成否

上述したとおり、正当防衛が成立することから傷害罪の共同正犯は成立しない。

2 乙がナイフで甲を切りつけた行為について傷害罪の共同正犯の成否

⑴ 共同正犯の要件は上記の基準で判断する。

丙は乙がナイフを出したのを見て、「やめとけ。ナイフなんかしまえ。」と何度か叫んだり、甲に切りかかった乙を引っ張って甲から引き離すなどしていたことから、甲をナイフで襲うことについては丙は合意していないから、新たな共謀がない。

⑵ だとしても、当初の傷害罪の共謀の射程が及ぶといえないか。

ア 共同正犯の処罰根拠は犯罪結果に対する因果性である。したがって、共謀の射程は行為態様、被害者の同一性、目的等から当初の共謀の因果性が及んでいたといえる場合には共謀の射程が及ぶと解する。

イ 本件では乙と丙の間の当初の共謀が傷害罪であり、実際に実行されたのも傷害罪である。また、被害者は甲であり被害者の同一性も認められる。そうだとすれば、当初の共謀の因果性が及んでいたといえるとも思える。

もっとも、当初の共謀はあくまで甲からの侵害行為に対して互いの身体の安全を守るために暴行を加える意図があったに過ぎない。それを超えて、専ら甲に仕返しをする目的をもってナイフで切りつけることは当初の共謀の因果性が及んでいるとはいえない。よって、共謀の射程は及ばない。

⑶ 以上より、丙に傷害罪の共同正犯は成立しない。

  

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