
第1 規制①について
1 問題となる憲法上の権利
(1) 規制①によれば「正当な理由」なく顔面を覆う行為をしてはならないところ(法案第3の1)、これは匿名でデモ行進を行うことを禁止するものであり、「集会の自由」を侵害し、憲法21条1項に反して違憲ではないか。
(2) 権利保障
「集会」とは、多数人が共通の目的のもと一定の場所に集まる状態をいう。その保障の趣旨は、 目的を共通にする者同士で交流し各々の持論を洗練させることが人格の発展につながり、 また、集団での情報発信により個々人では得難い拡散力が実現される点にある。デモ行進は言わば動く「集会」であって、同様の趣旨が妥当するから、デモ行進の自由もまた21条1項の集会の自由として保障される。
(3) 権利制約の有無
憲法上の保障が及ぶ以上、他人の権利を害しない限り、いかなる場所でいかなる時間にどのような態様でデモ行進を行うことも本来自由である。規制①は顔を覆った状態でデモ行進することを封じており、その意味で集回行進の自由への制約が認められる。
(4) 違憲審査基準
ア 権利の重要性
デモ行進は政治的な目的で行うことがあり、これを行うことによって政治参加を果たすことができる点で自己統治の価値を有しており重要である。また、集会は単独での表現行為と異なり、一定の目的を持った多数人が同じ場所に集まって行うことでより大きな発信力を得ることができるため、重要性が高い。匿名でデモ行進を行うことによって初めてデモ行進に参加できる者がいることからすれば、匿名でデモ行進を行うことは重要である。
イ 制約の強度性
規制①はデモ行進に際して顔を覆うことを禁ずるに過ぎず、デモ行進そのものを禁ずるものではない。顔を隠すこと自体にメッセージ性はないため、表現の内容に着目した規制でもなく、 また、様々な主張を掲げる者が覆面行進をしている以上、事実上も、特定内容の表現を妨げる結果となるものではない。
しかし、規制①をささいな制約と評価することはできない。デモ行進に際して覆面をして匿名性を確保することは、13条により保障されるプライバシーの利益との関係で重要な意味を持つが、本件においてはそれにとどまらない。顔を覆ってデモ行進に参加する者は、報道で顔が映り、ひいては就職活動や職場で不利益を受けるという懸念を払拭できるからこそ、顔を覆っている。そのような者が覆面を禁止されてしまうと、その懸念ゆえにデモ行進への参加そのものを断念せざるを得ない点で重大な萎縮効果が生じる。規制①は、デモ行進の自由の根幹にかかわる制約を含んでいる。
ウ 違憲審査基準
以上からすれば、重大な自由が強度に制約されていることから、厳格に審査すべきである。具体的には、目的が必要不可欠であって手段が必要最小限度でない限り憲法21条1項に反して違憲であると解する。
(5) 当てはめ
ア 目的の必要不可欠性
規制①の目的は、デモ行進において公共の安全を害する行為 (以下「安全阻害行為」 )が行われるのを防止することである。現に顔を隠した参加者の安全阻害行為により私人の財産が破壊され、あるいは警察官が負傷するといった事件が起きている。逮捕されたのはそれぞれ数十名であるが、覆面ゆえに検挙が困難であることを考慮すると、それはごく一部にすぎないと考えられる。放置すると近々死者の出る事態に発展しかねないことからすれば、上記の目的は十分に具体的な立法事実に支えられた、必要不可欠なものであると評価できる。
イ 手段の必要性最小限度性
もっとも、手段の点で規制①は正当化できない。確かに、覆面を禁ずることにより集団行進参加者は安全阻害行為に出ることが困難となるか、出た場合には直ちに検挙されることとなる。つまり、規制①は上述の目的を達成するうえで適合的である。しかし、全員一律に覆面を原則禁止とすることの必要最小限度性が論証できない。 そもそもデモ行進を行うには許可が必要とされている。許可の申請を行う際に、覆面着用の有無を通知するよう義務付けることも可能である。大規模なデモ行進が覆面着用のもとで行われる場合には、規制当局としては事前にこれを察知することができ、進行ルートにあわせて重点的・効率的な警備体制を敷くことも可能となる。このことにより、顔を覆った参加者が安全阻害行為に出ることを可及的に防止し、仮に出た場合には現行犯の場面を取りおさえることもできる。デモ行進の自由の重要性に鑑みれば、規制当局はそのような努力を行うべきであって、これを試行することなく一律の覆面禁止をすることは最小限度の手段と評価できない。Xは、いかなる者も顔を覆うと普段はしないような行動に走るおそれがあるというが、これはかつての判例が依拠した集回暴徒化論に等しい粗雑な議論であって、手段の必要性を肯定するに足りる論拠とはならない。また、顔を覆ったデモ行進に代替しうる表現の方途があるということもできない。匿名での表現はSNS等を通じて行うことが考えられるものの、個人のSNSは所詮情報の拡散力が限られている。SNSでの情報発信をもって、十分な代替的表現手段と評価することはできない。
(6) 以上より、規制①は21条1項に反する。
第2 規制②について
1 問題となる憲法上の権利
(1) 規制②によれば、観察処分 (案第4の1)に付された団体は、機関紙やウェブサイト、SNSアカウントといった情報発信手段についてA2庁長官に報告することを義務付けられる点で、結社の自由を侵害し、21条1項に反して違憲ではないか。
(2) 権利保障
21条1項は、「結社」の自由を保障している。団体を結成することが自由であっても、これを維持・発展させることを妨げられたならば、結成上の自由の保障は意味をなさないから、21条1項は団体の維持・発展を妨害されない自由をも含む。
(3) 権利制約の有無
規制②は、団体の結成を妨害し、あるいはその解散を強いる性質の規制ではない。もっとも、多数人によって構成される団体にとって、構成員同士が内部的な意思疎通を行い、あるいは団体外部へ情報発信をすることは、結束を維持しさらなる発展を図る上で不可欠な営みである。機関紙やウェブサイトといった媒体は、そのための不可欠な手段となる。媒体の所在を全て規制当局へ報告し、場合によっては公安委員会の監視の下に置かれるとあっては、団体構成員は自由闊達な情報の流通・発信を妨げられざるを得ない。
結果として、観察処分の対象団体は維持・発展を妨げられることとなり、結社の自由の制約を受けることとなる。
(4) 違憲審査基準
ア 権利の重要性
規制②によって取得される情報は単なるアカウント情報であってそれ自体は前科情報のようなプライバシー性の高い情報ではない。もっとも、構成員同士が緊密かつ率直な連絡を取れなくなると団体はやがて求心力を失う。団体の主張を活発に発信できなくなると、賛同者を募ることができず勢力は衰える。その意味で、団体の内外を巡る自由な情報流通はいわば団体にとっての血液循環に等しい重要性を持つ。
イ 制約の強度性
規制当局や捜査機関による監視・監督は、情報流通の萎縮を招きかねない。Xも、観察処分を受けた団体がそのことを意識して「自覚ある行動」をとることを期待すると述べており、 まさに萎縮効果を狙ったものということができる。また、行政に継続的かつ網羅的に情報を取得されることそれ自体の危険性は重大である(GPS判決参照)。
もっとも、萎縮しうる情報流通は主として、安全阻害行為の扇動等、要保護性の低い表現であると考えられる。報告義務の対象も、一般に公開されて誰からもアクセスが可能なものであって、非公開である利用者氏名やパスワードには及ばない。規制の意図はあくまでも団体の活動の把握にあって、維持・発展の妨害はその結果として生じる間接的・付随的なものにすぎない。
ウ 違憲審査基準
以上の考慮からすれば、重大な自由であるものの制約は強度とはいえない。したがって、目的が重要で手段が実質的関連性を有しない限り違憲であると解する。
(5) 当てはめ
ア 目的の重要性
規制②の目的は、安全阻害行為を実効的に抑止するために、これを助長している団体の活動を把握することにある。安全阻害行為により逮捕された者の中には、何らかの団体の構成員が相当数含まれており、少なくとも半数を占めていた。安全阻害行為の防止は前記の通り重要な課題であり、これを達成するために、助長している団体を把握することもまた、重要な目的と言える。
イ 手段の適合性
規制②により、安全阻害行為を助長しているとみられる団体の機関紙やSNSアカウントを観察することができれば、それらの媒体を通じて安全阻害行為の共謀や計画といった動向を察知することができる。そうするとピンポイントに警備体制を強化する等して安全阻害行為を実効的に抑止することができ、前記の規制目的に適合するといえる。
また、規制②の手段は必要性についても肯定することができる。名義のいかんを問わず団体の活動に供されている媒体を報告させるものとしている点で、対象が個人使用の媒体にも及び広汎に過ぎるとの反論もありうる。しかし、想定されている報告対象は、団体構成員が団体の主張を流布するような場合に限られ、単に団体のSNS等をフォローしている者のアカウント等は含まれない。構成員が団体の活動として運用している媒体を網羅的に把握することとしなければ、実質的に団体の活動を観察することはできないから、名義のいかんを問わないものとすることもやむを得ない。指定の要件として、処罰された者が構成員の10パーセント以上を占めることという条件を設定しているが、この要件であれば、実際に問題を起こした実績のある団体のみに絞ることができるものとされている。このような基準であれば、未だ問題を起こしたことのない団体を予防的に捕捉するようなことにもならない。安全阻害行為を実際に取り締まるのが公安委員会であることを考えると、一定の場合に公安委員会へ情報提供されるものとされていることも必要性を肯定できる。
以上の考慮により、規制②はその手段においても正当化が可能である。
(3) よって、規制②は21条1項に反しない。
以上
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