【無料過去問講座】平成23年予備試験刑法 参考答案例と若干の解説
2026年5月3日
参考答案
平成23年予備試験刑法 論点解説
第1 概説
平成23年予備試験刑法では、刑法総論に関する基本的な論点の理解と刑法各論のマイナー犯罪の構成要件に関する理解が問われています。いずれについても、難易度は高くなく、予備試験の中でも平均的なレベルの問題といえるでしょう。もっとも、抽象的事実の錯誤の処理など、受験生が苦手とする論点が出題されているため、他の受験生と差をつけるためにもしっかりと理解しておきたいです。
第2 論点解説
1 自殺関与・同意殺人罪
⑴ 202条の諸類型
202条には、大きく分けて、自殺関与罪(前段)、同意殺人罪(後段)の2パターンが定められています。さらに、自殺関与罪は、(ⅰ)自殺教唆罪、(ⅱ)自殺幇助罪、の2つに分けられ、同意殺人罪は、(ⅲ)嘱託殺人罪、(ⅳ)承諾殺人罪、に分けられます。
そのため、同条には、(ⅰ)~(ⅳ)の4パターンの犯罪が規定されていることになります。
| 罪名 | 被害者の行為 | 行為者の行為 | |
| ⅰ | 自殺教唆罪(前段) | 自殺行為 | 教唆 |
| ⅱ | 自殺幇助罪(前段) | 自殺行為 | 幇助 |
| ⅲ | 嘱託殺人罪(後段) | 嘱託 | 殺人の実行行為 |
| ⅳ | 承諾殺人罪(後段 | 承諾 | 殺人の実行行為 |
⑵ 各類型の構成要件
ア 自殺教唆罪とは、自殺意思のない者を唆して自殺を決意させ、自殺を行わせる場合をいいます。構成要件は以下のとおりです。
| ①「教唆し」て ②「自殺させ」た ③①と②の因果関係 ④故意 |
「教唆」とは、他人に自殺する決意を生じさせることと考えておけばよいと思います。
イ 自殺幇助罪とは、自殺の決意を有する者の自殺行為を援助し、自殺を遂行させる場合をいいます。構成要件は以下のとおりです。
| ①「幇助して」 ②「自殺させ」た ③①と②の因果関係 ④故意 |
「幇助」とは、物理的・心理的に自殺の実行を容易にすることと考えておけばよいと思います。
ウ 嘱託殺人罪とは、被害者の方から自分を殺してくれと行為者に依頼し、それに従って行為者が被害を殺す場合をいいます。構成要件は以下のとおりです。
| ①「嘱託を受け」て ②殺人の実行行為 ③死亡結果 ④②と③の因果関係 |
①「嘱託」とは、真意に基づき、自己を殺すよう依頼すること、と考えておけばよいと思います。
エ 承諾殺人罪とは、行為者の方から被害者に殺害を申し込み、被害者がそれに納得した上で、行為者が被害者を殺す場合をいいます。構成要件は以下のとおりです。
| ①「承諾を得て」 ②殺人の実行行為 ③死亡結果 ④②と③の因果関係 |
「承諾」とは、真意に基づき、自己を殺すことに同意すること、と考えておけばよいと思います。
2 因果関係
一般に、行為と結果の間には、因果関係が必要とされます。行為とは関係なく生じた結果についてまで責任を負わされるのは不当だからです。
因果関係について理解しておくべき考え方のうち、最も基本的なものとして、条件関係があります。条件関係とは、「あれなければこれなし」といえるか、すなわち、行為がなかったら結果が生じなかったといえるか、を判断する考え方です。
もっとも、条件関係はあまりに単純な思考方法なので、これのみでは、妥当な結論が導けないことがあります(特に、行為と結果の間に、何らかの介在事情が存在する場合)。そこで提唱されたのが、危険の現実化論という考え方です。これは、行為自体に内在する危険性が結果へと現実化したのか、という基準で、因果関係の有無を判断する考え方です。
危険の現実化論では、①行為自体の危険性、②介在事情の異常性、③介在事情の結果への寄与度、を考慮して判断することになります。
一般に、ある行為が危険な行為であっても、介在事情が存在すると、因果関係が否定されるという方向に傾きます。もっとも、③介在事情の結果への寄与度が低い場合には、行為自体の危険が結果に現実化したといえ、因果関係を肯定することが可能になります。また、③介在事情の結果への寄与度は高いものの、②介在事情の異常性が低い場合、すなわち、介在事情が稀有ではない場合や、介在事情が行為により誘発された場合には、因果関係を肯定することが可能になります。
条件関係と危険の現実化論との関係をどのように考えるかについては、学説上様々な考え方があるようです。私は、条件関係があることを前提に、行為の危険が結果に現実化したかで判断する考え方を採っていました。すなわち、(ⅰ)条件関係、(ⅱ)危険の現実化、の2段階で因果関係の有無を検討することになります。
3 因果関係の錯誤
行為者が認識した因果経過と、現実の因果経過との間に食い違いがある場合を、因果関係の錯誤といいます。
因果関係は、客観的構成要件の1つなので、因果関係に錯誤がある場合には、事実の錯誤の問題となります。そこで、事実の錯誤の考え方を使って、因果関係の錯誤をどのように処理すればよいか考えていきましょう。
事実の錯誤には、(ⅰ)具体的事実の錯誤(同一構成要件内での錯誤)と、(ⅱ)抽象的事実の錯誤(異なる構成要件間での錯誤)の2種類がありました。
因果関係の錯誤は、常に(ⅰ)具体的事実の錯誤に分類されます。なぜなら、どのような因果経過を辿ろうと、その経過のずれのみによって、どの構成要件に該当するかが変わってしまうということはありえないからです。
(ⅰ)具体的事実の錯誤の場合には、同一構成要件内で符合する事実の認識があったなら、規範に直面しえたといえるから、故意が認められることになります。
因果関係の錯誤の場合に限定していえば、認識していた因果経過に法的因果関係(刑法上因果関係が認められることを指します)がありさえすれば、両者は法的因果関係の範囲内で符合しているといえます。そうすると、同一構成要件内で符合していることになるため、故意が阻却されないことになります。
なお、行為者が認識していた因果経過に、法的因果関係が認められないという場合には、因果関係の錯誤の論証に入るまでもなく、故意が否定されることになります。なぜなら、因果関係の認識・認容に欠けることになり、錯誤の検討をするまでもなく、故意に欠けることになるからです。(もっとも、行為者がそのような突飛な因果経過を予想していた、というような事案が出題されるとは考えにくいので、あまり気にすることはないと思います。)
このように考えると、因果関係の錯誤の検討に入る場合には、何らかの法的因果関係の認識・認容があることが前提となるため、因果関係の錯誤により故意が阻却される場合はあり得ないことになります。
4 事実の錯誤
事実の錯誤とは、行為者が認識・予見した事実と実際に発生した事実にズレがあることです。事実の錯誤には、①具体的事実の錯誤、②抽象的事実の錯誤、の2種類があります。
①具体的事実の錯誤とは、そのズレが、同一構成要件内で起こる場合をいいます。例えば、Aを殴って怪我させようと思っていたのに、Bを殴ってしまい、怪我をさせたという場合です(Aを殴ろうと、Bを殴ろうと、傷害罪が成立することに変わりはありません)。
これに対し、②抽象的事実の錯誤とは、そのズレが、異なる構成要件間で起こる場合をいいます。例えば、道端に倒れているAを発見し、Aが死んでいると考えて、そのポケットから財布を奪ったものの、実はAは生きていた、という場合です(Aが死んでいるならば、占有離脱物横領罪が成立するのに対し、Aが生きているならば、窃盗罪が成立することになります)。
故意が認められるかどうかは、①②いずれの類型であっても、究極的には、規範に直面したといえるか、すなわち、これは悪いことだからやめておこうと思う余地があったかをもって判断します。
5 放火罪の諸類型
放火罪は、108条以下に規定されており、以下の5パターンがあります。
| 罪名 | 客体 | 行為 | 結果・既遂時期 | 未遂・予備 | |
| ⅰ | 現住建造物等放火罪(108条) | 現住または現在建造物等 | 放火 | 焼損 | 処罰する(112条・113条) |
| ⅱ | 他人所有非現住建造物等放火罪(109条1項) | 他人所有の 非現住かつ非現在建造物等 | 放火 | 焼損 | 処罰する(112条・113条) |
| ⅲ | 自己所有非現住建造物等放火罪(109条2項) | 自己所有の 非現住かつ非現在建造物等 | 放火 | 焼損 公共の危険の発生 | 処罰しない |
| ⅳ | 他人所有建造物等以外放火罪(110条1項) | 他人所有の 建造物等以外の物 | 放火 | 焼損 公共の危険の発生 | 処罰しない |
| ⅴ | 自己所有建造物等以外放火罪(110条2項) | 自己所有の 建造物等以外の物 | 放火 | 焼損 公共の危険の発生 | 処罰しない |
ⅰ・ⅱでは、焼損のみが要件となっている(抽象的危険犯)のに対し、ⅲ~ⅴでは、焼損のみならず公共の危険の発生が要件とされています(具体的危険犯)。
このような区別がされている理由は、放火罪の保護法益たる公共の安全が害される蓋然性が異なるからです。公共とは、不特定又は多数人の生命・身体・財産を意味します。このことは、百選Ⅱ〔第7版〕84事件(最高裁平成15年4月14日第三小法廷判決)により示されています。
まず、現住建造物等に火を放つと、その建物で暮らす人の生命・身体に被害が生ずるおそれが高いです(ⅰ)。また、人がいなかったとしても、建造物のような大きなものに火を放つと、周囲の建物や財産等に燃え移り、甚大な被害が出るおそれが高いです(ⅱ)。このように考えると、建造物等に火を放つと、ほぼ確実に公共の安全が害されてしまうため、公共の危険があるとみなしてよいといえます。
もっとも、どのような目的物であろうと、自分の持ち物であれば、破壊することも一応は個人の自由です。そのため、自己所有の非現住建造物等あるいは建造物以外の物であれば、他人に迷惑をかけない限りは罰する必要がありません。そこで、公共の危険の発生が別途要件として課されます(ⅲ、ⅴ)。
さらに、建造物等以外のような小さいものであれば、それ自体が燃やされてしまったとしても、財産侵害の程度はそこまで大きくないため、原則としては、器物損壊罪として処罰すれば足りるはずです。しかし、公共の危険が発生するような場合であれば、法益侵害の程度は器物損壊罪では評価しきれないほど大きくなってしまいます。そのため、そのような場合に限っては、建造物等以外放火罪として重く処罰すべく、公共の安全の発生が要求されます(ⅳ)。
以上のように考えると、焼損のみが生ずれば処罰されるⅰ・ⅱの類型が重い罪で、別途公共の危険の発生が要求されるⅲ~ⅴの類型が軽い罪、というイメージが掴めるかと思います。このようなイメージを掴めば、ⅰ・ⅱの類型だけ、未遂犯及び予備罪が処罰されることも納得がいくかと思います。
6 現住建造物等放火罪
⑴ 現住建造物等放火罪の構成要件
現住建造物等放火罪の構成要件は以下のとおりです。
| ①「現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑」 ②「放火して」 ③「焼損した」 ④故意 |
①について、本罪の客体は、現に人が住居に使用している建造物等、すなわち、(ⅰ)現住建造物等と、現に人がいる建造物等、すなわち、(ⅱ)現在建造物等、の2パターンがあります。
(ⅰ)現住建造物の場合の、「現に人が住居に使用」の「人」とは、犯人以外の者をいいます。そのため、犯人が一人で暮らしている家屋や、居住者が皆殺しにされた家屋は、非現住建造物となります。
「住居に使用」の意味は、人の起臥寝食の場所として日常使用されていることをいいます。このような場合には、建物の中に人がいる可能性が高く、人の生命・身体への危険が高いといえるからです。
②の「放火」とは、目的物の焼損を惹起させる行為をいいます。分かりやすく言うと、客体が燃えるおそれを生じさせるような行為をすることです。例えば、家屋の壁面に灯油をかけて点火する行為や、手に持った新聞紙のような媒介物にライターで点火する行為などです。
③の「焼損」とは、火が媒介物を離れて目的物が燃焼を継続しうる状態になったことをいいます(独立燃焼説)。目的物のうち、比較的狭い範囲の燃焼であっても「焼損した」と認定される傾向にあります。
⑵ 現住建造物等放火罪を論じる際の注意点
本罪を論じるときに注意しておいてほしいのは、罪名の書き方です。「現に人が住居に使用」の要件にあてはめるなら、罪名は現住建造物放火罪にすべきですが、「現に人がいる」の要件にあてはめるなら、罪名は現在建造物放火罪にすべきです。もっとも、現住建造物等放火罪と書いておけばどちらのパターンにも対応できるので、常にこの書き方にしておくのもよいと思います。
また、「現に人が住居に使用」と「現に人がいる」のどちらの要件も満たす場合は、どちらか片方にあてはめれば大丈夫です。
本罪が問われる場合は、現住性の要件や、焼損の要件が問題となることが多いかと思います。問題となる要件については、きちんと三段論法を使う形で丁寧に論じてください。
7 他人所有非現住建造物等放火罪
⑴ 非現住建造物等放火罪の2類型
非現住建造物等放火罪には、1項の他人所有非現住建造物等放火罪と、2項の自己所有非現住建造物等放火罪の2パターンがあります。
自己所有であっても、例外的に、115条の差押え等に係る自己の物に関する特例が適用され、1項により処罰されることがあるので、注意してください。
⑵ 他人所有非現住建造物等放火罪の構成要件
他人所有非現住建造物等放火罪(109条1項)の構成要件は以下のとおりです。
| ①「現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない建造物、艦船又は鉱坑」 ②①が他人の所有に係ること ③「放火して」 ④「焼損した」 |
①は、非現住かつ非現在の建造物等であることをいいます。現住性・現在性については、第7の現住建造物等放火罪を参照してください。
②は条文には書かれていませんが、2項との区別のため必要となります。
現住性が認められるかが論点になる問題が多いと思います。そのような問題の場合は、まずは、重い現住建造物等放火罪から検討すべきです。そこで、「現住建造物等放火罪(108条)が成立しないか。」と問題提起した上で、現住性及び現在性を検討し、その双方が否定され、現住建造物等放火罪の成立がしないといえた場合に、他人所有非現住建造物等放火罪の検討に入るようにしてください。
罪名の「他人所有」という部分は常に付ける必要はないと思います。自己所有ではあるけれども、115条により他人所有として扱われる場合は、そのことを意識していることを示すために、他人所有と付けた方がよいのではないかと思います。
8 死体損壊等罪
死体損壊等罪の構成要件は以下のとおりです。
| ①「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物」 ②「損壊し、遺棄し、又は領得し」 ③故意 |
②の「損壊」とは、物理的に破壊することをいいます。
「遺棄」とは、社会通念上是認されない態様で放棄することをいいます。
「領得」とは、社会通念上是認されない事実上支配の獲得一般をいいます。
なお、本罪と他の犯罪(例えば、保護責任者遺棄罪)との抽象的事実の錯誤が生じた場合について出題されることがあるので、保護法益が公衆の宗教的感情及び死者に対する敬虔感情であることは覚えておきましょう。
9 証拠隠滅等罪
⑴ 証拠隠滅等罪の構成要件
証拠隠滅等罪(104条)の構成要件は、以下のとおりです。
| ①「他人の刑事事件に関する証拠」 ②「隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した」 ③故意 |
①について、自己の刑事事件に関する証拠が処罰対象から除かれているのは、犯人が自己の刑事事件の証拠を隠滅するのは、人間の心情から見てやむをえないことであり、期待可能性がないからです。
②について、「隠滅」とは、証拠の顕出を妨げ又はその証拠としての価値を滅失・減少させる行為をいいます。
「偽造」とは、存在しない証拠を新たに作成することをいいます。
「変造」とは、真実の証拠に加工してその証拠としての効果に変更を加えることをいいます。
※ 他人の証拠と自己の証拠
一つの証拠が「他人の刑事事件に関する証拠」であるとともに、自己の刑事事件に関する証拠である場合は、本罪が成立するのか問題となります。
この問題については、判例の立場が不明なので、学説の立場を押さえておく必要があります。
まず、(ⅰ)常に「他人の刑事事件に関する証拠」にあたる、とする説があります。しかし、この説に対しては、完全に他人の刑事事件に関する証拠とは言い切れないとの批判が強く、あまり支持されていません。
次に、(ⅱ)常に自己の刑事事件に関する証拠にあたる、とする説があります。これは、自己の証拠にあたる以上、隠滅する行為には類型的に期待可能性がないことを根拠とします。
最後に、(ⅲ)専ら他人のためにする意思で証拠を隠滅した場合は他人の刑事事件であるから本罪が成立するが、そうでない場合は自己の刑事事件であるから本罪が成立しない、とする見解があります。これは、期待可能性を判断するためには、主観を考慮する必要があることを根拠とします。
⑵ 証拠隠滅等罪の論述例
簡単に証拠隠滅罪の成立を認める場合の論述例を示します。
| 1 甲は、乙のVに対する○○の痕跡たる、△△という「他人の刑事事件に関する証拠」を、~しており、証拠価値を失わせているので「隠滅し」たといえ、証拠隠滅罪(104条)が成立する。 |
10 過失犯
過失犯の成立要件は、以下のとおりです。
| ①過失の存在 ②結果の発生 ③①と②の因果関係 |
①過失とは、予見可能性、結果回避可能性を前提とした結果回避義務に違反することをいいます(新過失論)。
まず、結果を予見することができない場合には、結果を回避することも不可能だから、結果回避義務を負わせるのは不当です。そのため、予見可能性が必要とされます。
次に、結果を予見することができたとしても、結果を避けることが不可能である場合も、結果回避義務を負わせるのは不当です。そのため、結果回避可能性が必要とされます。
平成23年予備試験刑法 参考答案
第1 乙の首を絞め付けて、乙を死なせた行為
1 上記行為に、乙に対する嘱託殺人罪(202条後段)が成立しないか。
2(1)乙は、自ら死のうとして自己の腹部に果物ナイフを刺した上で、甲に対し、「早く楽にして。」と告げているから、殺すようにと頼んだといえる。そのため、甲は「嘱託を受け」たといえる。
(2)甲は、乙の首を絞め付ければ窒息死のおそれがあるから、人の死を引き起こす現実的危険性を有する行為を行っているといえ、殺人の実行行為を行ったといえる。
(3)乙は、死亡している。
(4)上記行為と、乙の死亡の間に因果関係は認められるか。甲自身の放火行為が介在していることから問題となる。
因果関係の有無は、条件関係の存在を前提に、行為の危険性が結果へと現実化したかどうかで決する。
まず、乙の腹部の刺創は、致命傷とはなり得ないものだったから、甲が乙の首を絞めなければ、乙は死亡しなかったといえる。
確かに、乙の直接の死因は、一酸化炭素中毒死であるから、介在事情たる放火行為の寄与度は高い。しかし、上述のとおり、乙の首を絞め付ける行為自体も、人を窒息させ死亡させうるほど危険性の高い行為である。また、殺人行為を行ったことで、証拠隠滅のため放火する動機が生じたのだから、放火行為を誘発したといえる。そのため、放火行為の異常性は低いといえる。
そのため、上記の乙の首を絞め付ける行為の危険が、乙の死亡結果へと現実化したといえ、因果関係が認められる。
(5)甲は、乙殺害を決意しているものの、自己の放火行為の前に、乙の首を絞めたことにより、乙が死亡したと考えていたため、因果関係の錯誤がある。これにより、故意が阻却されないか。
故意責任の本質は、構成要件の形で与えられた規範への反規範的人格態度に対して責任非難をなし得ることにある。因果経過に錯誤があっても、法的な因果関係の範囲内で符合しているといえれば、規範には直面しうるから、因果関係の錯誤は故意を阻却しないと考える。
甲は、乙の首を絞める行為の危険が乙の死亡に現実化するという因果関係を認識していた以上、実際の因果経過と法的な因果関係の範囲で符合していたといえ、故意は阻却されない。
3 よって、上記行為には、嘱託殺人罪が成立する。
第2 甲宅に火を放ち、甲宅を全焼させた行為
1 上記行為に、現在建造物放火罪(108条)が成立しないか。
2(1)甲宅には、未だ生きている乙がいたから、「現に人がいる建造物」にあたる。
(2)甲は、灯油をまき、ライターで点火しているから、目的物の焼損を惹起し得る行為を行ったといえ、「放火し」たといえる。
(3)甲宅は全焼しているから、独立して燃焼する状態に至ったといえ、「焼損した」といえる。
(4)もっとも、甲は、乙が既に死んでいると考えていた。そして、甲宅は、甲所有であったから「自己の所有に係る」ものの、住宅ローン会社の抵当権が設定されていたから、「物権を負担し」ているため、他人物として扱われる(115条)。そのため、甲は、他人所有非現住建造物放火罪(109条1項)にあたるとの認識・認容しかなかったことになる。したがって、現在建造物放火罪(108条)の客観的構成要件事実を認識しておらず、同罪の故意がないため、同罪は成立しない。
(5)もっとも、軽い他人所有非現住建造物放火罪(109条1項)が成立しないか。
ここで、上述のように、客観的に実現された犯罪は重い罪である現住建造物放火罪であるところ、存在しないはずの軽い他人所有非現住建造物放火罪が実現されたものとみなすことが罪刑法定主義に反しないか問題となる。
この点、38条2項は、「重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない」と規定するところ、かかる規定は重い罪によって処断することはできないが、構成要件が実質的に重なり合う場合に限り軽い罪によって処断することを認めていると解すべきである。そして、構成要件の重なり合いについては、行為態様及び保護法益の共通性により判断する。
本件では、現住建造物放火罪であっても、非現住建造物放火罪であっても、放火という行為態様は変わらないことに加え、財物たる建造物を保護法益とする点も共通する。そのため、構成要件の重なり合いが認められ、軽い非現住建造物放火が客観的に実現されたものとみなすことができる。
(6)また、甲に他人所有非現住建造物放火罪の故意があることは上記の通り明らかである。
(7)よって、他人所有非現住建造物放火罪が成立する。
第3 甲宅に火を放った際、丙は既に窒息死していたから、甲宅に放火した行為により、丙の「死体」を、熱により損傷させ、「損壊し」たといえる。よって、かかる行為には、死体損壊罪(190条)が成立する。
第4 甲宅に放火することにより、乙が丙を殺した痕跡、すなわち、「他人の刑事事件に関する証拠」を、燃やして「隠滅し」たといえるため、証拠隠滅罪(104条)が成立する。
そして、甲は、乙の夫であり、「親族」にあたるから、刑は任意的に免除される(105条)。
なお、甲自身が乙を殺した痕跡を消そうとしたことについては、「他人の刑事事件に関する証拠」ではないため、証拠隠滅罪(104条)は成立しない。
第5 ①嘱託殺人罪、②他人所有非現住建造物放火罪、③死体損壊罪、④証拠隠滅罪、のうち、②③④は社会通念上一個の行為によりなされているから、観念的競合(54条1項前段)となり(②´)、①と②´とは、併合罪(45条前段)となる。
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