平成23年予備試験 刑法 参考答案
2026年6月26日
参考答案
第1 乙の首を絞め付けて、乙を死なせた行為
1 上記行為に、乙に対する嘱託殺人罪(202条後段)が成立しないか。
2(1)乙は、自ら死のうとして自己の腹部に果物ナイフを刺した上で、甲に対し、「早く楽にして。」と告げているから、殺すようにと頼んだといえる。そのため、甲は「嘱託を受け」たといえる。
(2)甲は、乙の首を絞め付ければ窒息死のおそれがあるから、人の死を引き起こす現実的危険性を有する行為を行っているといえ、殺人の実行行為を行ったといえる。
(3)乙は、死亡している。
(4)上記行為と、乙の死亡の間に因果関係は認められるか。甲自身の放火行為が介在していることから問題となる。
因果関係の有無は、条件関係の存在を前提に、行為の危険性が結果へと現実化したかどうかで決する。
まず、乙の腹部の刺創は、致命傷とはなり得ないものだったから、甲が乙の首を絞めなければ、乙は死亡しなかったといえる。
確かに、乙の直接の死因は、一酸化炭素中毒死であるから、介在事情たる放火行為の寄与度は高い。しかし、上述のとおり、乙の首を絞め付ける行為自体も、人を窒息させ死亡させうるほど危険性の高い行為である。また、殺人行為を行ったことで、証拠隠滅のため放火する動機が生じたのだから、放火行為を誘発したといえる。そのため、放火行為の異常性は低いといえる。
そのため、上記の乙の首を絞め付ける行為の危険が、乙の死亡結果へと現実化したといえ、因果関係が認められる。
(5)甲は、乙殺害を決意しているものの、自己の放火行為の前に、乙の首を絞めたことにより、乙が死亡したと考えていたため、因果関係の錯誤がある。これにより、故意が阻却されないか。
故意責任の本質は、構成要件の形で与えられた規範への反規範的人格態度に対して責任非難をなし得ることにある。因果経過に錯誤があっても、法的な因果関係の範囲内で符合しているといえれば、規範には直面しうるから、因果関係の錯誤は故意を阻却しないと考える。
甲は、乙の首を絞める行為の危険が乙の死亡に現実化するという因果関係を認識していた以上、実際の因果経過と法的な因果関係の範囲で符合していたといえ、故意は阻却されない。
3 よって、上記行為には、嘱託殺人罪が成立する。
第2 甲宅に火を放ち、甲宅を全焼させた行為
1 上記行為に、現在建造物放火罪(108条)が成立しないか。
2(1)甲宅には、未だ生きている乙がいたから、「現に人がいる建造物」にあたる。
(2)甲は、灯油をまき、ライターで点火しているから、目的物の焼損を惹起し得る行為を行ったといえ、「放火し」たといえる。
(3)甲宅は全焼しているから、独立して燃焼する状態に至ったといえ、「焼損した」といえる。
(4)もっとも、甲は、乙が既に死んでいると考えていた。そして、甲宅は、甲所有であったから「自己の所有に係る」ものの、住宅ローン会社の抵当権が設定されていたから、「物権を負担し」ているため、他人物として扱われる(115条)。そのため、甲は、他人所有非現住建造物放火罪(109条1項)にあたるとの認識・認容しかなかったことになる。したがって、現在建造物放火罪(108条)の客観的構成要件事実を認識しておらず、同罪の故意がないため、同罪は成立しない。
(5)もっとも、軽い他人所有非現住建造物放火罪(109条1項)が成立しないか。
ここで、上述のように、客観的に実現された犯罪は重い罪である現住建造物放火罪であるところ、存在しないはずの軽い他人所有非現住建造物放火罪が実現されたものとみなすことが罪刑法定主義に反しないか問題となる。
この点、38条2項は、「重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない」と規定するところ、かかる規定は重い罪によって処断することはできないが、構成要件が実質的に重なり合う場合に限り軽い罪によって処断することを認めていると解すべきである。そして、構成要件の重なり合いについては、行為態様及び保護法益の共通性により判断する。
本件では、現住建造物放火罪であっても、非現住建造物放火罪であっても、放火という行為態様は変わらないことに加え、財物たる建造物を保護法益とする点も共通する。そのため、構成要件の重なり合いが認められ、軽い非現住建造物放火が客観的に実現されたものとみなすことができる。
(6)また、甲に他人所有非現住建造物放火罪の故意があることは上記の通り明らかである。
(7)よって、他人所有非現住建造物放火罪が成立する。
第3 甲宅に火を放った際、丙は既に窒息死していたから、甲宅に放火した行為により、丙の「死体」を、熱により損傷させ、「損壊し」たといえる。よって、かかる行為には、死体損壊罪(190条)が成立する。
第4 甲宅に放火することにより、乙が丙を殺した痕跡、すなわち、「他人の刑事事件に関する証拠」を、燃やして「隠滅し」たといえるため、証拠隠滅罪(104条)が成立する。
そして、甲は、乙の夫であり、「親族」にあたるから、刑は任意的に免除される(105条)。
なお、甲自身が乙を殺した痕跡を消そうとしたことについては、「他人の刑事事件に関する証拠」ではないため、証拠隠滅罪(104条)は成立しない。
第5 ①嘱託殺人罪、②他人所有非現住建造物放火罪、③死体損壊罪、④証拠隠滅罪、のうち、②③④は社会通念上一個の行為によりなされているから、観念的競合(54条1項前段)となり(②´)、①と②´とは、併合罪(45条前段)となる。
以上
-1-1024x536.png)
-2.jpg)