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【2026年ロースクール入試】早稲田大学 刑法 参考答案

2025年9月8日

法科大学院, 答案例

第1 Aに対する罪責について

1.甲がAの左肩付近を素手で殴打した行為について

(1)甲の上記行為につき、Aに対する傷害罪(204条)の成否が問題となる。

同条は、「人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と規定する。つまり、同罪が成立するには、「人の身体を傷害した」ことを要する。そして、ここにおける「傷害」とは、人の生理的機能を害することを指す。

本問において、甲は、上記行為によって、Aをよろけさせ、Bにぶつかった後に路面に転倒させ、左手に全治14日程度の擦過傷を負わせている。左手に全治14日程度の擦過傷を負わせたことは、人の生理的機能を害することに当たるため、Aの左手という「人の身体を傷害した」ということができる。

さらに、上記行為について、甲には、少なくとも人に対する有形力の行使としての、暴行罪(208条)の故意が認められる。暴行罪の結果的加重犯である傷害罪については、基本犯である暴行罪の故意が認められれば、同罪の故意が認められる(38条1項)。

(2)しかし、本問では、甲が上記行為を行うに先立って、Aが持っていた殴りかかってきたという背景事情が存在する。そこで、甲について、正当防衛(36条1項)が成立し、上記行為の違法性が阻却されることにより、同罪が不成立とならないか。

同項は、「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」と規定する。つまり、正当防衛の成立には、①「急迫不正の侵害に対して」行われたこと、②「自己又は他人の権利を防衛するため」に行われたこと、③「やむを得ずにした行為」といえることを要する。

「急迫不正の侵害」とは、刑法上の違法な法益侵害が現に存在しているか、又は間近に押し迫っていることを指す。本問では、Aが持っていた殴りかかってきたのであって、これをもって刑法上の違法な法益侵害が現に存在しているといえる。よって、①を充足する。

また、甲による上記行為は、Aからの急迫不正の侵害に対して、「身を守るため」にしている。つまり、自己の身体を防衛するためにした行為であるため、②を充足する。

「やむを得ずにした行為」とは、反撃行為が、侵害行為との関係で、防衛手段としての社会的相当性を有していることを指す。本問では、侵害行為は、女性であるAによってされたものであるが、傘という武器を用いてなされたものであるから、男性である甲にも、自己の身体を防衛するために相当程度強度な反撃行為が許容されるものといえる。実際に、なされた反撃行為、すなわち甲による上記行為は、Aの左肩付近を素手で殴ったにすぎず、武器を使っていないだけでなく、Aに対して致命的なダメージが生ずるようなものでもない。これらのことからすれば、甲による上記行為は、反撃行為として社会的相当性を有するものといえ、「やむを得ずにした行為」ということができる。

したがって、甲には、上記行為につき正当防衛が成立する。

(3)以上から、甲には、傷害罪は成立しない。

2.甲がAの携帯電話を持ち去った行為について

(1)甲の上記行為について、甲による暴行行為が先立っていることから、強盗罪(236条1項)ないし恐喝罪(249条1項)の成否が問題となるも、同罪の成立のために求められる暴行又は脅迫は、財物奪取の手段として行われる必要があり、本問のように事後的に奪取意思が生じたような場合には、同罪は成立しない。

そこで、甲の上記行為について、窃盗罪(235条)の成否が問題となる。

同条は、「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と規定する。つまり、同罪の成立には、「他人の財物を窃取した」ことを要する。

(2)「他人の財物」とは、他人の占有する他人の所有物を指す。また、ここにおける占有とは、物に対する実力的支配関係を意味する。甲の持ち去った携帯電話は、Aが同人のバック内に入れていたものであって、これが転倒と共にその場所に散乱したにすぎないため、Aの実力的支配が及ぶといえ、かつ、Aが所有するものであった。したがって、甲の持ち去った携帯電話は、「他人の財物」といえる。

「窃取」とは、占有者の意思に反して、自己又は第三者の占有に移すことを指す。甲による上記行為は、占有者であるAの意思に反して、甲の占有に移すものであるから、「窃取した」ということができる。

その上で、甲による上記行為につき、不法領得の意思が認められるかが問題となる。

まず、不法領得の意思とは、①権利者を排除して他人の物を自己の所有物として(権利者排除意思)、②その物から得られる何らかの効用を享受する意思(利用処分意思)を指す。窃盗罪において、不法領得の意思を必要とするのは、不可罰的な使用窃盗や、器物損壊罪などの毀棄罪との区別を可能にするためである。

本問において、Aの携帯電話を持ち去っており、これをすぐさま返還するような意思もないことから、経理者排除意思が認められる。

しかし、Aの携帯電話を持ち去ったのは、交際中の記録の消去のためであって、消去後には携帯電話を川に投棄していることからすれば、甲はAの携帯電話から何らの効用も享受するつもりはなかったといえる。したがって、利用処分意思は認められない。

(3)以上から、甲の上記行為には、窃盗罪は成立しない。

(4)もっとも、甲は、「他人の物」であるAの携帯電話を持ち去ったのち、これを川に投棄したことによって、Aがその携帯電話を利用することを不可能にさせているため、物本来の効用を失わせているといえる。したがって、甲には器物損壊罪(261条)が成立する。なお、同罪について、甲に故意を欠くことはない。

3.甲がAに貸していた甲のカギ(以下、「本件カギ」という。)を持ち去った行為について

(1)上記行為につき、強盗罪及び恐喝罪が成立しないのは、前述の通りである。

また、窃盗罪の適用条文及び成立要件についても、前述の通りである。

(2)本件カギは、Aのバッグに入っていたものであって、これが転倒に伴い散乱したにすぎないため、Aの実力支配下にあるものであるといえる。もっとも、本件カギは、甲の所有物であるため、甲からみて他人の所有物でない。しかし、242条では、「自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。」と規定されている。このことからすれば、自己の財物である甲の本件カギを、他人であるAが占有しているときは、「他人の財物」とみなされる。また、占有者であるAの意思に反して、本件カギを甲の実力支配下に移しているため、「窃取した」といえる。

そこで、本問においても、不法領得の意思の有無が問題となる。

甲は、本件カギを持ち去っており、これをすぐさまAに返還するような意思もないことから、権利者排除意思が認められる。また、本件カギから生ずる効用として、本件カギでもって甲の自宅に出入りすることや、これを渡すことによって出入りする人数を増やすことが考えられるが、甲は、新たな交際相手に使用させる意思があったのであるから、利用処分意思も認められる。

そして、甲による上記行為につき、故意を欠くこともない。

(3)以上から、甲による上記行為につき、窃盗罪が成立する。

なお、上記行為には、元交際相手であるAの訪問防止という目的も含まれていることから、正当防衛ないし自救行為として違法性が阻却されるか否かについても問題となりうるが、急迫不正の侵害がないことに加えて、甲としては勝手に持ち去るのではなく、まずはその返還を求めればよかったということができるため違法性が阻却されることはない。

第2 Bに対する罪責

1.甲がAの左肩付近を素手で殴打した行為について

(1)甲による上記行為につき、Bに対して、傷害致死罪(205条)の成否が問題となる。

同条は、「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。」と規定する。つまり、同罪の成立には、「身体を傷害し、よって人を死亡させた」ことを要する。本問では、甲は、上記行為により、Bも転倒し、身体を路面等に打ち付けて全治10日程度の傷害を負わせており、少なくとも「身体を傷害」したということができる。さらに、その1か月後にBは、「死亡」している。

そこで、甲による上記行為とBの死亡結果との間に因果関係が認められるかが問題となる。

因果関係の存否の判断は、当該行為が内包する危険が結果として現実化したか否かをもって決する。そして、具体的な事案ごとに妥当な帰責の範囲を画するためにも行為時に存在したあらゆる事情を基礎事情として考慮するべきである。

甲による上記行為には、脳に特殊な病変があるBの頭部に対して不法な有形力を行使するものであって、その行為には性質上人に死亡結果を生じさせる危険を有しているといえる。そして、実際に、当該行為によって直接にBの死亡結果を生じさせているため、甲による上記行為が内包する危険がBの死亡結果として現実化したということができる。したがって、甲による上記行為とBの死亡結果の間には因果関係が認められる。

そうだとしても、本問において甲は、あくまでAに対して反撃する意思があったにすぎず、これを超えてBに対してまで攻撃をする意思までは認められない。このことは、現場が人通りが多い場所であったものの、甲が、通行人を巻き込むとは思っていなかったことからもわかる。そこで、Bに対する傷害致死罪の構成要件的故意の有無が問題となる。すなわち、具体的事実の錯誤のうちの方法の錯誤及び故意の個数につき問題となる。

この点、故意責任の本質は、犯罪事実の認識によって、規範に直面し、反対動機が形成できるのに、あえて犯罪に及んだことに対する道義的非難である。そして、犯罪事実は、刑法上構成要件に分類化されており、かつ、各構成要件の文言上、具体的な法益主体の認識までは要求されていないといえるから、認識した内容と発生した事実がおよそ構成要件の範囲内で符合していれば犯罪事実の認識があったといえ、故意が認められる。また、このように故意の対象を構成要件の範囲内で抽象化する以上、故意の個数は問題とならない。

本問において、甲はAという「人」に対する暴行罪の故意が認められる。そして、傷害致死罪は暴行罪の結果的加重犯であるから、基本犯たる暴行罪の故意が認められれば、傷害致死罪の故意が認められる。さらに、上記の通り、故意の個数は問題とならない。

したがって、甲には、Bに対する傷害致死罪の故意が認められる。

(2)次に、甲による上記行為は、Aの侵害行為を契機としてされたのであるから、正当防衛ないし緊急避難(37条1項)が成立し、違法性が阻却されないか。

この点、Bには「急迫不正の侵害」が認められないのは明らかであるから、正当防衛が成立することはない。そこで、緊急避難の成否が問題となる。

37条1項前段では、「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。」と規定されている。つまり、緊急避難の成立には、①「現在の危難」が存在すること、②「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する」避難の意思が認められること、③「やむを得ずにした行為」であること、④「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合」であることを要する。

本問では、Aの侵害行為を契機として、甲自身の身体を守るためになされているから、①②を充足することは明らかである。

③「やむを得ずにした行為」とは、正対不正の関係にないことから正当防衛の場合と異なり、危難を避けるための唯一の侵害回避手段であることを要する。この点、本問では、Aからの侵害行為は、傘で殴りかかってきたものであり、わざわざ反撃しないでも、走って逃げることが十分可能であったといえ、甲による上記行為を「やむを得ずにした行為」ということはできない。したがって、緊急避難も成立することはなく、違法性は阻却されない。

(3)しかし、本問では、上記の通りAからの侵害行為を契機としてなされたのであって、Aに対しては正当防衛が成立するのであるから、責任故意が阻却されないかが問題となる。すなわち、防衛行為と第三者についての論点が問題となる。

この点、防衛行為としてなされた行為によって第三者に対して違法な法益侵害がなされた場合には、行為者の主観では、正当防衛が成立する事実の認識があるが、実際には正当防衛が成立せず、違法性が阻却されないのであるから、いわゆる誤想防衛と同様の関係にあるといえる。つまり、違法性阻却事由に錯誤があるのと同様の関係にある。

故意責任の本質は、前述したとおりであるが、違法性阻却事由がないのにあると認識した場合には、違法性の意識を喚起することはできず、反対動機形成の機会が存在しない。

本問では、甲は、上記行為を行うに際して正当防衛が成立事実の認識しかないため、Bに対する法益侵害についての反対動機形成の機会が存在せず、責任故意を問うことができない。

したがって、甲には、Bに対する傷害致死罪についての責任故意がない。

(4)

以上から、甲の上記行為について、Bに対する傷害致死罪は成立しない。

なお、甲の上記行為については、別途過失致死罪(210条)の成否が問題となるところ、人通りの多い場所において、Aの左肩付近を殴打すれば、これによって転倒するなどして周りの人間をも巻き込んで、その者に対しても傷害結果ないし死亡結果を生じさせることは十分予見可能である。また、そうした結果を生じさせない結果回避義務があったといえるのに、その義務を懈怠したのであるから、「過失により人を死亡させた」といえる。

以上から、甲の上記行為について、Bに対する過失傷害罪が成立する。

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