令和6年司法試験 参考答案集
2025年12月14日
参考答案
憲法
第1 規制①について
規制①は、犬猫の販売業を営もうとする者(以下「犬猫販売業者」という。)が犬猫販売業を営む自由を侵害し、違憲ではないか。
1 憲法22条1項は「職業選択の自由」を保障しているところ、犬猫販売業も同項にいう「職業」にあたる。
したがって、上記自由も同項によって保障される。
2 規制①は、犬猫販売業者に対し、販売場ごとに、その販売上の所在地の都道府県知事から犬猫販売業免許を受けなければならず(売業の適正化等に関する法律の骨子(以下「法案」という。)第2)、第2各号のいずれかに該当する場合には、都道府県知事は免許を与えないことができるというものである。
これは、犬猫販売業者は、犬猫販売業の免許を受けなければ犬猫販売業を営むことができないことを意味するものであるから、規制①は上記自由に対する制約となる。
3 もっとも、上記自由も無制約なものではなく、公共の福祉(憲法22条1項)に基づく制約に服する。
そこで、上記制約が公共の福祉に基づく制約として正当化されるかを検討する。
⑴ 職業は、各人が個性を全うする場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである一方、公共の安全、秩序維持や経済の調和という理念に基づく社会内在的制約に服しうる権利であるともいえる。
そして、規制①は、法案第2各号のいずれかに該当する場合には、都道府県知事は、免許を与えないことができるとするものである。
規制①の対象は犬猫に限られてはいるものの、統計資料によれば、犬猫をペットとして飼養する者は計60%を占める。残りの40%はその他の種類のペットが占めており、その割合も増加傾向にあるが、その種類が多種多様であることからすれば、依然、犬猫販売業の売上に犬猫が占める割合が大きいことも事実である。
そうすると、規制①は、実質的に犬猫販売業を許可制とすることを定めたものであるといえる。
そして、一般に許可制は、選択した職業の内容についてではなく、職業選択の自由そのものを制限する点で、強度な制約とされるところ、規制①は、上記の通り、売上の大部分を占める犬猫の販売を許可制にするものであることから、犬猫販売業者の犬猫販売業を営む自由そのものを制限するものであるといえる。
さらに、規制①は、免許交付に際し、犬猫の需要均衡(法案第2第2号)や犬猫シェルターの収容能力(法案第2第3号)という、犬猫販売業者の努力ではいかんともしがたい要件を課すものである。
これらの事実からすると、規制①は、許可の要件に犬猫販売業者の努力ではいかんともしがたい要件を定めるものであり、強度な制約であるといえる。
なお、規制①の目的は、犬猫の供給が過剰になることを防止しし、もって人と動物の共生する社会を実現(動物の愛護及び管理に関する法律1条)する点にあり、犬猫の販売業の経営の安定、犬猫由来の感染症等による健康被害防止などの点を目的とするものではない。
そこで、上記制約は、重要な公共の利益のため必要かつ合理的なものであり、許可制に比べてより緩やかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては規制の目的を達成することができないといえる場合には憲法22条1項に反しないと解する。
⑵
ア 規制①の目的は、上記のとおりである。
ア 許可制自体について
我が国では、販売業者や飼主による犬猫の遺棄が大きな社会問題になっており、A省では飼 主が飼養できなくなった犬猫を保護する「犬猫シェルター」を制度化することが検討されている。他方、「犬猫シェルター」の整備により、犬猫を手放す心理的ハードルが低下する結果、犬猫シェルターに持ち込まれる犬猫の頭数が収容能力を大幅に超えることが懸念されている。そうすると、このような問題への対応は、個人の意識改革のみでは限界があるといえる。そのため、犬猫の供給が過剰とならないように、犬猫の販売業に免許制を採用したことはそれ自体としては、重要な公共の利益のための必要かつ合理的な措置であるといえる。
そして、販売方法についての規制によっては、依然、遺棄の問題が解決されず、上記目的は達成されない。
したがって、許可制を採用すること自体は憲法22条1項に反しない。
イ 犬猫飼養施設要件(法案第2第1号)について
規制①は、免許の要件として、販売場ごとに犬猫の販売頭数に応じた犬猫飼養施設を設けることが必要とする(「要件1」とする)。
確かに、要件1は、犬猫の体調・体高に合わせたゲージや運動スペースについての基準及び照明・温度設定についての基準を定めるものであり、現行の基準より厳しいものであるから合理性を欠くとも思える。
しかし、これらの要件は、いずれも諸外国の制度や専門家の意見を踏まえて検討されたものであり、国際的に認められている基準の範囲内のものであるから不合理な基準であるとはいえない。
また、現行の要件では上記の目的は達成できておらず、厳しい要件が必要であるといえる。そうすると、同要件は、上記の目的を達成するために必要かつ合理的な措置であるといえる。
ウ 需要均衡要件(法案第2第2号)について
規制①は、免許の要件として、犬猫の需要均衡を考慮する(「要件2」とする)。
確かに、売れ残ること自体ではなく、売れ残った犬猫を適切に扱わないことを規制すべきであり、需要均衡を要件として供給過剰を抑制することは必要性を欠くとも思える。
しかし、日本では生後2~3か月の子犬や子猫の人気が高く、体の大きさが成体とほぼ同じになる生後6か月を過ぎると値引きをしても売れなくなるといわれている。そうすると、犬猫の供給が過剰になり、売れ残りが出ること自体を抑制すべきであるから、このような要件を定めることも必要であるといえる。
また、需要均衡の判断は、都道府県ごとの人口に対する犬猫の飼育頭数の割合や取引量等を考慮した基準にしたがって行われる予定であり、これをもって不合理な基準であるとはいえない。
そうすると、同要件は、上記の目的を達成するために必要かつ合理的な措置であるといえる。
エ 規制①は、免許の要件として、犬猫シェルターの収容能力を考慮する。
そして、犬猫シェルターは、これまでと同様に犬猫販売業者からの引き取りを拒否できると規定される予定である。そうすると、飼主による持ち込みの増加が仮に起こるとしても、それは直接は犬猫販売業者が原因とはいえない。
確かに、犬猫シェルターで収容する頭数が、地方公共団体や民間団体で現在引き取っている頭数を超えないようにするための方策を検討してほしいという要望が多くの都道府県から寄せられており、犬猫シェルターの運営の適正という観点からは、犬猫シェルターの収容能力を要件とすることには一定の合理性が認められる。また、売れ残りを減らそうとする犬猫販売業者の無理な販売も、飼主による犬猫シェルター持込み増加の要因となりうる。
しかし、そうであるならば、犬猫販売業者の販売方法や売れ残った犬猫の管理方法を規制することによっても上記目的は達成できるから、要件3は必要性を欠く。
⑶ 結論
よって、規制①は、憲法22条1項に反し違憲である。
第2 規制②
規制②は、犬猫販売業者の、犬猫の販売に関して犬猫のイラスト、写真、動画を用いて広告する自由を侵害し、違憲ではないか。
1 憲法21条1項は、「表現」の自由を保障するところ、広告のような営利的表現であっても、発信者の内心の意思を外部に表明するものであるから、上記自由は同項によって保障される。
2 規制②は、犬猫販売業者が、犬猫の販売に関して犬猫のイラスト、写真、動画を用いて広告することを禁止しており(法案第4)、上記自由に対する制約となっている。
3 もっとも、上記自由も無制約なものではなく、公共の福祉(憲法12条後段、13条後段)に基づく制約に服する。
そこで、上記制約が公共の福祉に基づく制約として正当化されるかを検討する。
⑴ 上記自由は、営利的表現の自由の一種であることからすれば、表現活動をとおして自己の人格を発展させるという自己実現の価値を有する一方、民主政の過程に資するという自己統治の価値との関わり合いは希薄である。
また、上記制約は、表現の方法に関する制約であり、思想の自由市場を歪めるおそれのある表現内容規制に比べれば、制約の態様としては強度とはいえない。
そこで、上記制約は、制約の目的が重要で、手段が制約の目的との関係で合理的な関連性が認められる場合には、憲法21条1項に反しないと解する。
⑵ 上記制約の目的は、犬猫の購入者の安易な購入の防止にあるところ、飼い主が十分な準備と覚悟のないまま犬猫を安易に購入した結果、犬猫を遺棄する者が一定数いることが社会問題になっていることを考えれば、このような安易な購入を防止する目的は重要であると言える。
イラスト、写真、動画は、購入者の視覚に訴える情報であり、購買意欲を著しく刺激する効果があるものといえる。
そうすると、このような情報の広告への利用を制限することにより、購入者の購買意欲を刺激することを一定程度防ぐことができ、購入者の安易な購入の防止に一定の効果を発揮するといえる。
しかし、広告で品種、月齢、性別、毛色、出生地等の情報を文字情報として受け取ったとしても、どのような犬猫かをイメージすることは困難である可能性は高く、イラスト、写真、動画がどのような犬猫かを購入者に伝える情報として果たす役割は大きい。
また、犬猫販売業者は、購入希望者に対面で適正な飼養に関する情報提供を行い、かつ、原物を確認させることが義務付けられている。
そうすると、広告段階で犬猫のイラスト、写真、動画を使用したとしても、購入段階で適切な情報提供が行われる限り上記の目的は達成されるのであるから、上記制約は必要性を欠く。
⑶ 結論
よって、上記制約は、目的との合理的な関連性が認められず、憲法21条1項に反し違憲である。
行政法
第1 設問1⑴
1 「処分」(行政事件訴訟法3条2項括弧書き)とは、国または公共団体が行う行為のうち、直接国民の権利利益を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。
そして、「処分」にあたるかどうかは、①法律上の根拠、②法的効果、③直接性、④公権力性を考慮して判断する。
2 本件事業計画変更認可は、法38条1項に基づいて行われたものである(①)。
第一種市街地再開発事業においては、原則として、施行地区内の宅地の所有者に対し、それぞれの所有者が有する宅地の価額の割合に応じて、再開発ビルの敷地の共有持分権が与えられ、当該敷地には再開発ビルを建設するために地上権が設定されて、当該敷地の共有者には、地上権設定に対する補償として、再開発ビルの区分所有権に対応する権利床が与えられる。
そして、事業計画においては、当該事業が施行される土地として「施工地区」を定める必要があり(法2条3号、7条の11第1項)、事業計画は、当該事業に関する都市計画に適合しないものであってはならない(法17条3号)。
そうすると、当初の都市計画が変更された場合、それに伴って事業計画も変更されることになる。
本件事業計画変更認可は、本件都市計画変更を受けて行われたものである。本件事業は、当初はB地区についての第一種市街地再開発事業であったが、本件都市計画変更によって新たにC地区を施行区域に編入した。これにより、権利床に変換されるべき宅地の総面積が増加し、変更前に取得できたはずであった権利床の面積が減少することになる。
このように、本件事業計画変更認可は、権利床に返還されるべき宅地の総面積を増加させる結果、施行区域の宅地の所有者が変更前に取得できたはずであった権利床の面積を減少させるという法的効果を生じさせるものであるといえる(②)。
上記のとおり、本件事業計画変更認可によって、権利床の面積の変更という効果が具体的に生じるため、直接性も認められる(③)。
本件事業計画変更認可は、都道府県知事が(法38条1項)、その優越的地位に基づいて一方的に行う性質のものであるため、公権力性も認められる(④)。
3 よって、本件事業計画変更認可は「処分」にあたる。
第2 設問1⑵
1 手続上の違法
Dは、本件事業計画変更認可の申請後、法16条1項、2項、38条2項が定める縦覧及び意見書提出手続が履践されていないことを違法自由として主張することが考えられる。
もっとも、同法施行令4条によれば、同条各号が定める「軽微な変更」に該当すれば、上記縦覧及び意見書提出手続は不要となる。本件では、B地区の面積が約2万平方キロメートルであるのに対し、C地区の面積が約2千平方キロメートルであることから、相手方としては、「施設建築物の設計の概要の変更で、最近の認可に係る当該施設建築物の延べ面積の10分の1をこえる延べ面積の増減を伴わないもの」(同条2号)に該当すると反論することが想定される。
そこで、Dとしては、本件都市計画変更は、「施設建築物の設計の概要の変更」(同号)にはあたらないとして、「軽微な変更」にあたらないと主張することが考えられる。
そもそも、同号の趣旨は、同一の施設建築物の軽微な設計の概要の変更は、当該事業が行われる施工地区内に宅地を所有する者の権利利益に与える影響が小さいことから、再度の縦覧及び意見書提出の機会を保障する必要はないとする点にあると解される。
本件都市計画変更は、B地区から見て河川を超え対岸にある、C地区を施工地区に編入するものである。そして、本件都市計画変更では、C地区は、公共施設である公園とする一方で、設計の概要のうち、当該公園を新設すること以外は変更しないというものである。
このようなB地区とC地区の位置関係、C地区の計画の内容からすれば、C地区とB地区では異なる施設建築物が設計されていると解するのが妥当であり、両者は同一の施行建築物とはいえない。
したがって、C地区を編入する本件都市計画変更は、「施設建築物の設計の概要の変更」にはあたらず、「軽微な変更」にあたらない。
よって、Dは以上のような主張をすべきである。
2 実体上の違法
Dは、本件都市計画変更に際して定められた都市計画が都市計画法13条1項13号に反する旨の主張(①)及び施工区域が法3条4号に反する旨の主張をすることが考えられる。
⑴ ①の主張
都市計画法13条1項13号は「市街地再開発事業は・・・一体的に開発し、又は整備する必要がある土地の区域について定めること。」と規定する。
C地区は、上記の通り、B地区とは河川を越え対岸にある空き地であり、さらにその周辺からはB地区側へ橋が架かっておらず、A駅方面へ行くにはかなりの遠回りをしなければならないという状況であった。このような両地区の立地からすれば、両地区は物理的に一体とはいえない。
また、C地区については、本件事業計画変更に際して公共施設である公園を新設する以外には変更しないというものであったことからすれば、C地区は、B地区と機能的にも一体的に開発又は整備する必要性の乏しい地区であるといえる。
したがって、B地区とC地区は、「一体的に開発し、又は整備する必要がある土地」とはいえない。
よってDは以上のような主張をすべきである。
⑵ ②の主張
法3条4号は、都市計画に定める施行区域として、「当該都市の機能の更新に貢献すること」という要件を課している。
C地区は、河川沿いの細長い空き地であり、地区周辺の人通りも少ない地域であったため、Eは長年C地区の活用に苦慮していた。
また、上記のとおり、C地区周辺からB地区側に橋が架かっていないため、B地区側からの人の流入は期待できず、A駅方面へ行くにはかなりの遠回りをしなければならない状況であった。
このような人の流れからすれば、C地区をB地区と一体と解しても、R市の都市機能の更新に貢献するとはいえない。
したがって、C地区を本件事業の施行区域に編入しても「当該都市の機能の更新に貢献する」とはいえない。
よって、Dは以上のような主張をすべきである。
第3 設問2
第2の違法事由は、本件事業計画変更認可の違法性であるところ、同認可は令和5年3月6日に行われており、本件取消訴訟を提起した令和6年4月7日時点では、すでに同認可の取消訴訟の出訴期間は徒過している(行政事件訴訟法14条1項)。
また、行政上の法律関係の早期確定や行政行為の安定性の維持という要請からすれば、原則として、先行処分の違法性を後行処分の取消訴訟等で主張することはできない(違法性不承継の原則)。
もっとも、取消訴訟の排他的管轄を徹底し、いかなる場合にも先行処分の違法性を後行処分で争えないとすると、国民の実効的な権利救済という面から不合理な場合が生じる。
そこで、①先行処分と後行処分が同一目的を達成するために行われ、両者が相結合してはじめてその効果を発揮するものであり、②先行行為の適否を争うための手続保障が十分に与えられていない場合には、先行処分の違法性を後行処分取消訴訟等で争うことができると解する。
1 本権事業計画認可は、権利変換の対象となる施行区域の変更を目的とするものであり、本件権利変換処分は、その変更された施工地区ごとに行われるから、両者はいずれも権利変換という同一の目的を達成するために行われる処分であるといえる。
また、施行者は、施工地区ごとに権利変換計画を定めて都道府県知事の認可を受けなければならず(法72条1項)認可を受けたときは、遅滞なく国土交通省令で定めるところにより、その旨を広告し、及び関係権利者に関係事項を書面で通知することによって権利変換の処分をしなければならない(法86条1項、2項)。
これらの事実からすれば、本権事業計画変更認可によって施工地区が決まり、当該施工地区ごとに本件権利変換処分が行われるという関係にあるのであるから、両者は相結合してはじめてその効果を発揮するものであるといえる(①)。
2 都道府県知事は、事業計画の変更の認可をした場合、公告をしなければならない(法38条2項、19条1項)。また、Dは、本権事業計画変更認可によってC地区が本件事業の施工地区に編入されたことに不審を覚えており、当該認可を知ることはできていた。
しかし、Dは、本件事業計画変更認可の段階では、自分に割り当てられる権利床の面積には影響がないと誤解しており、争訟の提起等は考えなかった。実際に、本件事業計画変更認可の公告縦覧手続においては、「施行区域及び新たに施行区域となるべき区域」(法38条2項)が公告されるのみで、Dは、Eがどれだけの権利床を取得し、Dが取得できる権利床がどれだけ減少するかを権利変更計画の公告縦覧手続が行われた段階ではじめて認識している。
そうすると、Dが、本権事業計画変更認可の段階では、自分に割り当てられる権利床の面積には影響はなく、権利変換の時点ではじめて不利益が現実化すると考えて、その段階までは争訟の提起という手段はとらないという判断をすることはあながち不合理とはいえない。
これらの事実からすれば、Dは、本件事業計画変更認可の適否を争うための手続保障が与えられていたとはいえない(②)。
3 よって、Dは、本件取消訴訟において、本件事業計画変更認可の違法性を主張することができる。
民法
【設問1(1)】
第1 Cが下線部1の反論に基づいて請求1を拒むことができるか
1 請求1は、Aの甲土地所有権に基づく物権的返還請求権であるところ、その請求原因たるAの甲土地所有権の存在、及びCによる甲土地の占有の事実は認められる。問題はCの占有権原の抗弁が認められるか否かである。
2 契約①は、Bを賃貸人、Cを賃借人として締結された甲土地の賃貸借契約であるが、契約締結当初、Bは甲土地の所有者ではないことから、かかる契約は他人物賃貸借契約にあたる(民法561条、559条、601条参照。以下法文名省略)。すなわち下線部1の反論は、契約締結当初、Bは甲土地に関する処分権限を何ら有していないことから、Cをして甲土地を使用収益せしめることはできないが、Bの死亡に伴いAがBを単独で相続したことにより(882条、896条)、甲土地の処分権限を有する所有者が他人物賃貸人の地位を承継したとして、AはCに甲土地を使用収益させる義務を負うとの主張である。
3 検討するに、他人物賃貸人を相続した賃貸目的物の所有者については、他人物賃貸人としての地位と、賃貸目的物の所有者としての地位が併存するものと解すべきである。なぜなら、相続という偶然の事情により自らに一切落ち度のない他人物賃貸の責任を負うこととなるのは、目的物所有者にとって酷だからである。そして両地位が併存することの効果として、他人物賃貸人を相続した賃貸目的物の所有者は、信義則に反するような特段の事情なき限り、両地位を選択的に行使できると解する。
4 本件にあてはめると、Cは他人物賃貸人として、契約①による甲土地を使用収益させる義務を負うこともできるし、所有者として、占有者に対し甲土地の明渡しを請求することもできる。そうである以上、Cが他人物賃貸人として甲土地を使用収益させる義務を負うことを前提とするCの占有権原の抗弁は認められず、Cは下線部1の反論に基づいて請求1を拒むことはできない。
第2 Cが下線部2の反論に基づいて請求2を拒むことができるか
1 下線部2の反論は留置権の抗弁である(295条1項)。上述したとおり契約①は他人物賃貸借契約としてBC間に有効に成立しており、契約中の特約によってBが負っていた、甲土地の使用及び収益が不可能になった場合にCに支払うべき300万円の損害賠償義務は、Aが相続している。Aがかかる義務を履行するまでの間Cが甲土地を留置することができるか否かは、300万円の損害賠償債権が甲土地について「その物に関して生じた債権」といえるか否か、すなわち牽連性が認められるかの問題となる。
2 債務の履行を促すべく特別の合意なく占有者に物の占有を許す留置権の趣旨を踏まえると、牽連性が認められるのは、債権が物それ自体から生じたといえるか、債権と物の引渡請求権が同一の法律関係又は生活関係から生じた場合と解する。これらに該当するかどうかの判断には、物の占有者と債権者の公平を考慮する。
3 本件で、Cの有する損害賠償債権は、目的物たる甲土地の使用が不可能になったことを条件として発生するものであり、賃貸借契約に基づく甲土地を使用収益する権限が転化したものといえる。Aの有する甲土地の引渡請求権は所有権に基づくものであり、両者は同一の法律関係から生じたものとはいえない。またAは自らに落ち度なくBに甲土地を賃貸されていたのであり、これを阻止すべく所有権を主張することがBの締結した契約の合意により制約されるのは公平の見地から相当でない。以上より、300万円の損害賠償債権は甲土地について「その物に関して生じた債権」とはいえず、Cは下線部2の反論に基づいて請求2を拒むことができない。
【設問1(2)】
第1 請求2が認められるか否か
1 請求2は、DがAに支払った乙建物の令和4年9月分の賃料が賃借目的物の一部滅失等により減額される結果(611条1項)、その一部をAが受領することについて法律上の原因がないとする不当利得返還請求である。Dの出捐によりAが利益を受けていることは疑いがないから、本件で問題となるのは利得にかかる法律上の原因の不存在、すなわちDが賃料減額の根拠として主張する、雨漏りにより令和4年9月11日から同年10月1日まで丙室が使えなかった事実について、「賃借人の責めに帰することができない事由によるものである」といえるか否かである。
2 検討するに、雨漏りが生じた物理的原因は契約②が締結される前から存在した原因であったことから、Dの乙建物使用により生じたものとはいえず、Dに帰責することはできない。他方で、一般に賃借人は、賃借物が修繕を要する場合、賃貸人がすでに既知の場合を除いて、遅滞なく修繕が必要な旨を賃貸人に通知する必要がある(615条)。これは通常の賃貸人が目的物の状況を細かく把握していないことから、修繕の機会を賃貸人に与える趣旨であると解されるところ、本件において、DはAに丙室に雨漏りが生じたことを一切通知していない。仮にDが遅滞なく雨漏りをAに通知していれば、Aが迅速に対応することにより、丙室が使用不能となった期間が短くなった可能性もある以上、雨漏りにより令和4年9月11日から同年10月1日まで丙室が使えなかった事実について、賃借人の責めに全く帰することができないとはいえず、賃借人も一定の範囲で責任を負うべきである。
もっとも、仮にDがAに丙室に雨漏りが生じたことを通知していたとしても、雨漏りの修繕に一定の期間を要することは変わらないから、仮に通知がされていた場合にAが修繕にかかると思われた期間の範囲では、丙室が使えなかったことについてDに帰責性はない。
以上より、上記の範囲で請求2は認められる。
第2 請求3が認められるか否か
1 請求3は、契約②に関するDのAに対する必要費償還請求(608条1項)である。かかる請求が認められるか否かは、Dは賃貸人たるAに通知なく乙建物の修繕工事を自らの費用負担で行ったところ、Dの支出した修繕工事費用が「賃貸人の負担に属する必要費」といえるか否かにより判断される。
2 上述したとおり、一般に賃借人が自ら賃借物の修繕を行えるのは、急迫の事情がある場合か、賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、賃貸人がなお相当期間内に修繕が行わない場合に限られるが(607条の2)、この趣旨は、修繕の義務を負担する賃貸人に合理的な修繕費用で修繕を行えるようにさせることにもあると解する。すなわち、賃借人が、修繕費用が賃貸人の負担にあることをいいことに十分な思慮を経ずして修繕を行うことを防ぐことを法は予定している。だとすれば、修繕費用に関して通知義務を懈怠した賃借人の行える必要費償還請求は、賃借人が現実に負担した修繕費用額ではなく、合理的な修繕費用額の範囲に限られるというべきである。
3 本件では、修繕に関して急迫の事情はない。またDが本件工事に関して現実に建設業者に払った工事報酬は30万円であるが、本件工事と同じ内容及び工期の工事に対する適正な報酬額は20万円であった。よって、DのAに対する必要費償還請求は、合理的な修繕費用額である20万円の範囲で認められる。
【設問2】
第1 総論
1 請求4は、Iの甲土地所有権に基づく物権的返還請求権であるところ、その請求原因たるFによる甲土地の占有の事実は認められる。問題は、Iが甲土地の所有権を有しているといえるかどうか、そしてFによる対抗要件の抗弁(177条)が認められないかどうかである。
第2 Iが甲土地の所有権を有しているといえるか
1 Iは、甲土地をHから購入しているところ(契約④)、Hは甲土地をGから購入している(契約③)。ここで、GはHに対し、契約③の締結にかかる意思表示を錯誤取消(95条1項)する旨通知しているから、錯誤による取り消しが認められるか否かをまず検討する。
Gは、甲土地の財産分与に関して課税されるのが財産分与を行った側である自身ではなくHであると誤信しており、「表意者が法律行為の基礎とした事情についてその認識が真実に反する錯誤」(95条2項1号)があったといえる。そしてその課税額は300万円であったところ、通常人であれば、300万円の課税がなされることを知っていればその取引を行う意思表示を躊躇していたといえるから、かかる錯誤は取引上の社会通念に照らして重要であるといえる。また意思表示の相手方であったHにおいても、課税対象を誤って認識していたことから、いわゆる双方錯誤(95条3項2号)であり、Gの重過失の有無は問題とならない。以上より、Gによる錯誤取消は適法に行われたといえる。
2 他方で、Gによる錯誤取消がIに対抗できるか否かが次に問題となる。95条4項にいう「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者で、意思表示の取消可否につき法律上の利害関係を有する者をいうところ、Gにより契約③が取り消されればHはGから甲土地の所有権を有効に取得できず、その転得者であるIも甲土地所有権を有効に取得できないことになるから、Iは「第三者」といえる。さらにIは、契約④締結時点で、Gが契約③に係る課税について誤解していたことにつき善意でかつ過失がない。よってGは契約③の取消をIに対抗することができない。よって、GとIの関係では、甲土地の所有権はIにあることになる。
第3 Fによる対抗要件の抗弁が認められないか否か
1 そうだとしても、Iは自身の所有権をFに対抗できるか。Fは、所有権移転登記を備えていないIは所有権を第三者に対抗できないと主張すると考えられる。
2 ここで177条の「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者で、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいう。本件は、甲土地についてG→IとG→Fの二重譲渡とみることができ、IとFは最終的に択一的に甲土地の所有者となることから、Fは177条の「第三者」に該当するといえる。よってIは登記なくして甲土地の所有権をFに対抗することができない。
以上より、Fによる対抗要件の抗弁が認められ、IはFに対し甲土地の所有権を主張できない結果、請求4は認められない。
商法
第1 設問1小問1
Dから相談を受けた弁護士としては、Dは会社法(以下法令名称略)385条1項の類推適用により本件臨時株主総会1の開催をやめることを請求する手段が存在すると回答することが考えられる。
もっとも、本件臨時株主総会1は、「株主」(298条1項括弧書き)である乙が召集したものであるところ、385条1項は、監査役による「取締役」の行為の差止めについて規定したに過ぎない。
そのため、Dは、上記手段は取り得ないとも思える。
しかし、385条1項の趣旨は、監査役が取締役の行為を監督し、もって監査役の独立性を担保する点にある。そして、株主総会は通常、取締役が招集し(298条1項柱書)、取締役は、株主総会の決議が瑕疵を帯びないようにすべき善管注意義務を負う(330条、民法644条)ことからすれば、裁判所の許可を得て株主総会を招集した株主も、取締役に準じる立場として、当該株主総会の決議が瑕疵を帯びないようにすべき善管注意義務を負うと解すべきである。
そうすると、本件臨時株主総会1を招集した乙も取締役に準じる立場として、当該臨時株主総会の決議が瑕疵を帯びないようにすべき善管注意義務を負うといえる。
したがって、Dは、乙が取締役に準じる立場の者であるとして、385条1項の類推適用により本件臨時株主総会1の開催をやめることを請求することができる。
よって、Dから相談を受けた弁護士としては上記のように回答すべきである。
第2 設問1小問2
1 まず、Eは、本件臨時株主総会1において、乙が甲社の株主に対して1000円相当の商品券を贈呈する旨の記載のある本件書面を送付したことが「株主の権利の行使に関し」て「利益の供与」を行ったものであり(120条1項)、本件決議1は「決議の方法が法令に違反する」(831条1項1号)と主張することが考えられる。
しかし、120条1項は、「株式会社」が株主に対して利益の供与を行うことを禁止するものであるところ、本件臨時株主総会1では、甲社の株主である乙が上記の内容の本件書面を送付している。
そのため、乙による上記行為は、「利益の供与」には該当せず、上記主張は認められない。
2 次に、Eは、本件臨時株主総会1において、乙が甲社の株主に対して1000円相当の商品券を贈呈する旨の記載のある本件書面を送付したことが、「決議の方法が・・・著しく不公正なとき」(831条1項1号)にあたると主張することが考えられる。
⑴ 同号の趣旨は、株主総会の適正な運営、決議の公正を図る点にあることからすれば、「決議の方法が・・・著しく不公正なとき」とは、株主の議決権行使の意思決定の過程が歪められたときをいうと解する。
⑵ 甲社では、過去の定時株主総会に際して、甲社又は甲社の役員若しくは株主が一定の内容の議決権の行使又は議決権の行使自体を条件として商品券等を提供したことはなかった。それにも関わらず、乙は、本件書面において、「株主総会参考書類に記載した乙社提案の各議案に賛成していただいた方には、後日、1000円相当の商品券を郵送にて贈呈させていただきます。」等と記載して、これを同封した本件臨時株主総会1の招集通知を他の株主に送付している。
そして、本件臨時株主総会1では、出席した株主の議決権の数は、例年の定時株主総会よりも約30%増加し、行使された議決権のうち議案に賛成したものの割合も、例年の定時株主総会において行使された議決権のうち甲社が提案した議案に賛成したものの割合よりも高いものであった。
これらの事実からすれば、乙の上記行為は、他の甲社株主が本件臨時株主総会に出席し、本件議案に賛成する動機付けとなっているといえ、株主の議決権行使の意思決定の過程が歪められたといえる。
したがって、乙の上記行為は、「決議の方法が・・・著しく不公正なとき」にあたる。
よって、Eは、上記主張をすることができる。
第3 設問2
本件株式併合は、本件決議2によって効力を定められた日にすでに発生している。
そこで、丙社としては、本件株式併合の効力を争うために、本件決議2の取消しの訴え(831条1項)を提起することが考えられる。
そして、本件決議2では、全ての株主が議決権を行使して株本件式併合がなされた結果、丙社が甲社から締め出しされる、いわゆるキャッシュアウトが行われている。
そこで、丙社としては、取消し事由として、本件決議2は「特別の利害関を有する者」であるAらが議決権を行使したことにより、丙社が甲社から締め出されたことが「著しく不当な決議」にあたると主張することが考えられる。
1 前提として、丙社はすでに甲社の株主ではないが、本件決議2を取り消すことによって「株主となる者」(831条1項柱書)として、本件決議2の取消訴訟を提起することができる。
2 「特別の利害関係を有する者」とは、ある議案について他の株主とは異なる特別な利益を受けたり、不利益を免れたりする者をいう。
本件決議2が行われる前の時点である令和5年11月1日の時点で、甲社の発行済株式の総数は600株であり、丙社が200株、Aが300株、Cが100株を保有していた。そして、本件決議2により、本件計画が実施された結果、甲社の株式はAが1株のみ保有することとなり、その後本件株式分割及びB、Cに対する第三者割当によって、甲社の発行済株式は400株となり、Aが200株、Bが100株、Cが100株保有することになった。
これら一連の事実からすれば、Aらは本件決議2により、一旦はAのみが甲社の株式1株を保有することになったが、その後Aが200株、B及びCが100株保有することになった点で、甲社の株主の地位という、他の株主である丙とは異なる特別な利益を受けたといえる。
したがって、Aらは「特別な利害関係を有する者」にあたる。
3 「著しく不当な決議」とは、他の株主に対し著しく不当な影響を与えるような内容の決議をいう。
確かに、令和3年12月の時点から非公開会社(2条5号参照)となった甲社においては、公開会社の場合と異なり、株主が経営に関心を持つことが通常であるから、本件決議2によって、株主である丙社を締め出すことは、丙社が甲社の経営に参画する利益を害することになる。
しかし、上記時点より丙社から派遣されていた取締役Fは、甲社の営業範囲と隣接する地域で建築設備機器の製造及び販売等を行う丁社の再建の一環として、甲社に対し、甲社の持つ技術やライセンスを丁社に提供するよう求めるなどしたため、AらとFとの間には見解の相違が見られるようになっていた。また、Aらが丙社代表取締役Gと面会した際も、両者の見解は一致しなかった。これを受け、Gは甲社を買収し、丙社の完全子会社化することを考えた。Aらとしては、甲社と競合関係にある丁社のために自社の技術やライセンスを提供することはあり得ず、甲社の独立を維持するためには、上記のような計画を有する丙社を甲社から締め出す必要があるといえる。
また、Gが考えていた甲社を丙社の完全子会社にする案も、Aらが決定した甲社の独立を維持するために丙社を締め出す案も、甲社の企業価値との関係では、客観的にいずれか一方が他方より優れているとは言いがたく、見解の分かれる問題であった。
そうすると、Aらが丙社を甲社から締め出そうと考えたことも直ちに不合理とはいえず、本件決議2は丙社に不当な影響を与えるものであるとはいえない。
したがって、本件決議2は「著しく不当な決議」にはあたらない。
4 よって、丙社の上記主張は認められない。
民事訴訟法
設問1課題1
1 意義
任意的訴訟担当とは、権利関係の主体が訴訟追行権を第三者に授与し、第三者が授権に基づいて当事者適格を取得する場合をいう。
2 要件
(1)判例は、民法の組合契約に基づいて結成され共同の目的を持って行われる共同事業体であり、組合規約に基づいて自己の名で財産を管理し対外的業務の執行する権限を与えられている業務執行組合員であることから、財産管理権が担当者にあり、被担当者である組合員の利益を損なうおそれが少ないため、弁護士代理人原則及び訴訟信託禁止の原則の潜脱のおそれがなく、訴訟担当を認める合理的必要性があるとして、任意的訴訟担当を認めている。
(2)そこで、任意訴訟担当を認める要件は、①弁護士代理人原則及び訴訟信託禁止の原則の潜脱のおそれがないこと、②訴訟担当を認める合理的必要性があることである。
課題2
1 判例と本件の異同について
(1)確かに、本件契約の更新、賃料の徴収及び受領、本件建物の明渡しに関する訴訟上あるいは訴訟外の業務についてはX1が自己の名で行うことが取り決められていることから対外的な業務権限は与えられていたとも思える。この点は判例も同様である。
(2)しかし、判例は共同目的の下に行われる共同事業体であるところ、本件はAが令和3年7月に死亡し、その子であるX1、X2及びX3がAを相続したという共同相続人間であり、団体の性質が異なる。
また、職務の一環として権限が与えられている判例に対して、本件は職務の一環として与えられたものではなく、時間的経済的負担が大きいことを理由に与えられたに過ぎない。
そうだとすれば、判例と比べ被担当者の権利利益を害する恐れが高い。
(3)以上から、担当者たるX1はX2、X3の有する権利利益を損なうおそれがあり、弁護士代理人原則及び訴訟信託禁止の原則の潜脱のおそれがあるといえ、訴訟担当を認める合理的必要性も認められない。
2 よって、X1による訴訟担当が明文なき任意的訴訟担当として認められない。
設問2
1 裁判上の自白の意義及び要件
裁判上の自白とは、相手方の主張する自己に不利益な事実を認めて争わない旨の口頭弁論及び弁論準備手続における弁論としての陳述をいう。
「自己に不利益な事実」とは、相手方が証明責任を負う主要事実をいう。なぜならば、敗訴可能性は自白の成否を画する基準として不明確であり、証明責任が基準として明確といえるためである。また、間接事実や補助事実に及ぼすことは自由心証主義に反するためである(247条)。
2 自白の撤回が許される立場
(1)本件陳述の撤回が許されるべきである。以下、その理由を説明する。
(2)自白の成否について
ア 本件訴訟物は、賃貸借契約終了に基づく建物明渡請求である。終了原因たる解除事由は、請求原因事実であるからX1が証明責任を負う主要事実である。そして、Yの「令和3年10月以降、自分の妻が、本件建物において何回か料理教室を無償で開いたことがあった。X1は夫婦でその料理教室に毎回参加していたが、賃料の話など一切出なかった。」という用法遵守義務違反たる解除事由を基礎つける本件陳述は、Yの相手方であるX1が証明責任をおう主要事実といえ「自己に不利益な事実」といえる。そして、Yは弁論準備手続内において陳述している。そのため、本件陳述につき自白は成立する。
イ したがって、Y1の本件陳述は裁判上の自白に当たる。
(3)自白の撤回について
ア 自白が成立すれば、証明不要効(179条)に加え審判排除効(弁論主義第2テーゼ)が生じる。そのため、証明不要であり審判排除効により相手方当事者の証明不要に対する信頼が基礎つけられることになる。そこで、信頼を確保するために自白の撤回禁止効が生じる。弁論準備手続は、「争点及び証拠の整理を行う必要があると認めるとき」(168条)に行われるものであり、自由な議論がされるべきであるから口頭弁論期日と同様に証明不要効や審判排除効の信頼を基礎とする撤回禁止効を認めるべきでない。
イ そこで、陳述の時期が争点や証拠が整理が熟して弁論期日終了間際であり、当該陳述について相手方の証明不要に対する信頼が生じ、その信頼を保護すべき事情がない限り、弁論準備手続における陳述は撤回ができると解する。
ウ 本件で弁論準備手続に付されたのは当事者双方で口頭において自由に議論してその結果を踏まえて争点を確定させるためになされたものである。そして、本件陳述がされたのは第1回弁論準備手続期日であり、まだこれから争点を確定させていこうとする段階であり、争点や証拠が整理が熟している段階と言えず、本件陳述について相手方の信頼を保護すべき事情はなく撤回が許されるべきである。
(4) よって、本件陳述は撤回が許される。
設問3
1 既判力によって主張が遮断される根拠
(1)既判力とは、前訴判決における後訴への通用力、拘束力をいう。既判力の趣旨は紛争の蒸し返し防止にあり、前訴での手続保障を前提とする自己責任を根拠とする。事実審の口頭弁論終結時までの事由であれば当事者に主張する機会が与えられていたといえるから、手続保障を前提とする自己責任という根拠が妥当する。そこで、既判力の基準時は、事実審の口頭弁論終結時点である。
(2)解除権は、前訴に争われた請求自体に内在、付着する瑕疵に関する権利であることから、主張期待可能性があるとして、上記根拠が妥当し遮断されるとも思える。
しかし、基準時前の事由であっても主張期待可能性がない場合には手続保障による自己責任という根拠が妥当しないため、既判力により遮断されない。そして、解除権については原告側は行使するか否かについて選択権があることから、請求権に内在しているとしても主張期待可能性に基づく手続保障があったとまで言えない。
2 本件前訴は賃貸借契約終了に基づく建物明渡請求であり、セミナー開催は、令和3年1月から令和5年1月までの間に本件契約において、株式投資に関するセミナーを有料で月1、2回の割合で開催していたところ、口頭弁論終結時である令和5年4月より前の事由であるから、上記請求自体に内在しているといえ、上記主張はできないとも思える。
しかし、Xらは、Yによる本件セミナーの開催に気づいたのは本件判決確定後である。またXらは原告であり当該事由に基づいて解除権を行使するか否かについて、原告側に選択権があるため請求に内在していたとしても主張する期待可能性がなく手続保障による自己責任が妥当すると言えない。
3 したがって、本件判決の既判力によって解除権行使の主張を遮断することは相当でない。
刑法
第1 設問1
1 甲の罪責
⑴ 甲が、Aの頭部を拳で殴り、腹部を繰り返し蹴るなどした行為によって、Aは肋骨骨折等の「傷害」を負っており、かかる行為に傷害罪(刑法(以下法令名称略)204条)が成立する。
⑵ 甲が、本件財布を自身のポケットに入れた行為に強盗罪(236条1項)が成立するか。
ア 暴行又は脅迫(同項)
(ア)「暴行又は脅迫」とは、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行又は脅迫をいう。
上記行為は、Aの身体の複数箇所に繰り返し殴る蹴るなどするものであり、また、その結果、後述のとおりAは肋骨骨折等の傷害を負っている。
これらの行為によってAは、甲に対して抵抗する気力を失っており、甲の上記行為はAの反抗を抑圧するに足りる程度の「暴行」にあたりうる。
(イ)もっとも、甲は、上記行為の後になってはじめて、本件財布に入っている現金を自己の物にする意思を有するに至っている。
そこで、甲の上記行為は「暴行」とはいえないのではないか。
この点について、強盗罪は「暴行又は脅迫」を用いて財物を奪取する犯罪であることから、暴行又は脅迫後に財物奪取意思を生じた場合は、新たな暴行脅迫が行われない限り、「暴行又は脅迫」は認められないと解する。
もっとも、同罪が反抗抑圧状態を利用して財物を奪取する犯罪であるから、新たな暴行脅迫は、自己の先行行為によって作出した反抗抑圧状態を継続させるものであれば足りると解する。
Aは、甲の上記行為により、甲の手元に財布を置いた時点ですでに抵抗する気力を失っていた。そして、甲がAに対し、「この財布はもらっておくよ。」と言った際にも、Aは抵抗する気力を失っており、何も答えられずにいた。
これらの事実からすれば、甲が「この財布はもらっていくよ。」と言った行為は、上記行為によって作出された反抗抑圧状態を継続させるものであるといえる。
したがって、甲の上記行為は「暴行」にあたる。
イ 財物を強取した(同項)
甲は、上記行為によって、本件財布を自己のポケットにいれており、「財物を強取した」といえる。
ウ したがって、上記行為に強盗罪が成立する。
⑶ よって、甲の上記各行為に傷害罪、強盗罪が成立し、両者は併合罪(45条)となる。
2 乙の罪責
⑴ Aから本件カードの暗証番号を聞き出した行為に強盗未遂罪(236条2項、243条)が成立するか。
ア 暴行又は脅迫
(ア)上記行為の際、乙は「死にたくなければ、このカードの暗証番号を言え。」と言い、Aは、拒否すれば殺されると思い、仕方なく4桁の数字からなる暗証番号を答えている。
そのため、上記行為は、相手方の反抗を抑圧する程度の「脅迫」にあたりうる。
(イ)上記行為の際、乙は、既に本件カードを取得していた。そのため、Aから本件カードの暗証番号を聞き出すことができれば、乙は、本件カードをATMに挿入して現金を引き出すことができる地位を取得することができる。
そうすると、乙の上記行為は、このような財産上の利益の取得に向けられた行為であるといえ、「脅迫」にあたる。
イ 財産上不法の利益を得た
もっとも、Aは、本件カードの暗証番号を答えようとしたが、暗がりで本件カードを自宅に保管中の別のキャッシュカードと見誤っていたため、本件カードの暗証番号と異なる4桁の暗証番号を答えた。
そのため、乙は、結果として本件カードをATMに挿入して現金を引き出すことができる地位を取得したとはいえずない。
したがって、上記行為は「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった」(43条)として、強盗未遂罪が成立するにとどまる。
⑵ ATMで預金を引き出そうとした行為に窃盗未遂罪(235条、243条)が成立するか。
ア 他人の財物
ATM内に保管されている預金は、ATMの管理者が所有する財物であるため、「他人の財物」にあたる。
イ 窃取
乙がAから聞き出した暗証番号は、本件カードの暗証番号ではなかったため、上記行為によ ってATMから現金を引き出すことができなかった。
そこで、上記行為は、窃盗罪の実行行為とはいえず、窃盗未遂罪は成立しないのではないか。
(ア) 実行行為とは、構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為をいう。
また、行為は主観と客観の統合体である。
そこで、実行行為性は行為者が認識していた事情及び一般人が認識し得た事情を基礎として、行為の時点に立って、一般人の観点から構成要件的結果発生の現実的危険があったといえるかにより判断すべきと解する。
(イ)乙は、Aが答えた暗証番号が本件カードの暗証番号であると認識していた。また、一般人も、Aが答えた暗証番号が本件カードの暗証番号であると認識するのが通常である。
そして、乙は、Aが答えた暗証番号をATMに入力したが暗証番号が間違っている旨の表示が出たため、続けて同じ暗証番号を2回入力しているところ、正しい暗証番号を知っている者であれば、ATMに暗証番号が間違っていると表示されたとしても同じ暗証番号を入力するのが通常である。
そうすると、一般人の観点からすれば、上記行為の時点において、上記行為によって現金が引き出される現実的危険があったといえる。
したがって、上記行為は窃盗罪の実行行為といえる。
(ウ)もっとも、上記のとおり、Aの答えた暗証番号は、本件カードの暗証番号ではなかったため、乙はATMから現金を引き出すことができなかった。
そのため、上記行為には、「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった」(43条)として、窃盗未遂罪が成立する。
⑶ よって、乙の上記行為に強盗未遂罪、窃盗未遂罪が成立し、両罪は被害者を異にするため、併合罪(45条)となり、乙はかかる罪責を負う。
第2 設問2
1 ⑴について
⑴ 1回目打
ア 構成要件該当性
丙の上記行為は、Cの顔面を拳で1回殴打するという、不法な有形力の行使にあたり、暴行罪(208条)の構成要件に該当する。
イ 違法性阻却事由
(ア)急迫不正の侵害
急迫とは、侵害行為が現に存在するか、間近に迫っている状態をいい、不正とは、侵害行為が違法であることをいう。
Cは、丙に対して殴りかかってきており、「急迫不正の侵害」といえる。
(イ)防衛するため
防衛するためとは、行為者が防衛の意思を有していることをいう。
丙は、身を守るために上記行為に及んでおり、「防衛するため」といえる。
(ウ)やむを得ずにした
やむを得ずにしたとは、防衛行為の必要性・相当性をいう。
丙は、上記行為の直前にCから顔面を複数回殴られる暴行を受けており、上記行為の際も、Cは続けて丙を殴ろうとしていた状態であったことからすれば、上記行為の必要性は認められる。
また、上記行為は、素手で1回殴るという態様であることからすれば、Cの行為と比較しても過度な暴行を加えたものとは評価できず、相当性も認められる。
したがって、上記行為はやむを得ずにした行為であるといえる。
ウ 小括
よって、上記行為には正当防衛が成立し、違法性が阻却される結果、丙は、上記行為について罪責を負わない。
⑵ 2回目打
ア 構成要件該当性
丙の上記行為は、Cの顔面を拳で1回殴打するという、不法な有形力の行使にあたり、暴行罪(208条)の構成要件に該当する。
イ 違法性阻却事由
(ア)急迫不正の侵害
Cは、なおも丙に対して殴りかかってきており、「急迫不正の侵害」といえる。
(イ)防衛するため
丙は、丁から声を掛けられて発奮していることから、攻撃の意思を持って上記行為に及んだと考えると、防衛の意思が認められないとも思える。
しかし、正当防衛状況においては、正常な判断を行うことは極めて困難であることからすれば、防衛の意思と攻撃の意思が併存している場合であっても、なお防衛の意思は認められ、専ら攻撃の意思で反撃行為を行っている場合に限り防衛の意思は否定されるべきと解する。
そうすると、丙は、身を守るために上記行為に及んでおり、専ら攻撃の意思で上記行為に及んだとはいえず、防衛の意思は否定されない。
(ウ)やむを得ずにした
丙が上記行為に及ぶ際、Cは丙に対して殴りかかろうとしているから、丙は自己の身を守る必要がある。
そして、上記行為は、Cの顔面を素手で1回殴打するものであり、Cの暴行態様と比較しても、過度な暴行を加えるものとは評価できず、相当性も認められる。
ウ 小括
よって、上記行為には正当防衛が成立し、違法性が阻却される結果、丙は、上記行為について罪責を負わない。
2 ⑵①について
丙による2回目打の際、丁が「頑張れ、ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声をかけた行為に暴行罪の幇助犯(62条1項、208条)が成立するか。
⑴ 「幇助」とは、実行行為以外の方法で、実行行為を容易にする行為をいい、幇助行為には物理的な幇助行為の他、心理的な幇助行為も含まれる。
丙は、丁による声かけを受けて発奮し、Cの顔面を殴打していることからすれば、丁による上記声かけは、丙による反撃を心理的に容易にするものであるといえ、「幇助」にあたる。
⑵ もっとも、丁の上記声かけを受けた丙の2回目打については、正当防衛が成立し、違法性が阻却される。
そして、幇助のような狭義の共犯が成立するためには、正犯は構成要件に該当し違法なものでなければならず(制限従属性説)、違法性の判断は共犯者間で異なることはない。
そうすると、共犯者の正当防衛の成否を判断する際には、正犯者を基準に判断することになる。
本件では、正犯である丙の2回目打に正当防衛が成立するため、丁の上記行為にも正当防衛が成立し、違法性が阻却される。
⑶ したがって、丁の上記行為に暴行罪の幇助犯は成立せず、丁は何らの罪責も負わない。
2 ②について
丙による1回目打について、甲に暴行罪の共同正犯(60条、208条)は成立するか。
⑴ まず、上記のとおり、丙の1回目打は暴行罪の構成要件に該当する行為である。
次に、丙の1回目打の際、甲は丙に対し「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言い、これを受けて丙は1回目打に及んでいる。
そのため、1回目打は、甲と丙が「共同」して「実行した」(60条)ものといえる。
⑵ 上記のとおり、丙の1回目打には正当防衛が成立し、違法性が阻却される。
そして、制限従属性説を前提とすると、丙の1回目打に正当防衛が成立する以上、甲についても正当防衛が成立するとも思える。
しかし、共同正犯には、狭義の共犯における要素従属性(制限従属性説)は妥当しないから、共同正犯が成立する場合の違法性の有無は、共同正犯者の各人について判断すべきであると解する。
甲は、Cを呼び出す際、Cから殴られるかもしれないと考え、この機会を利用してCに暴力を振るい、痛めつけようと考えており、Cからの侵害を予期していたのみならず、積極的にCを加害する意図を有していたといえ、急迫性が否定される。
したがって、丙の上記行為について甲には正当防衛は成立せず、違法性は阻却されない。
⑶ よって、丙の上記行為について、甲との関係では暴行罪の共同正犯が成立し、甲はかかる罪責を負う。
刑事訴訟法
【設問1】
第1 問題意識
本件鑑定書は、その収集過程で違法と疑われる手続が介在しているため、証拠能力が否定されないか。
第2 手続の違法と証拠能力
1 違法に収集された証拠を証拠排除する旨定めた明文規定はない。また、証拠物は、獲得手続に違法があってもその証拠価値に変化はないから、証拠排除には犯人不処罰という弊害が伴う。一方で、司法の廉潔性維持及び将来の違法捜査抑止の要請もあるから、(a)証拠収集手続に令状主義を没却するような重大な違法があり、(b)これを証拠として許容することが将来の違法捜査抑制の見地から不相当と認められる場合、証拠能力を否定すべきである。
2 そして、先行手続に違法があり、先行手続と直接の証拠収集手続に関連性が認められる場合には、直接の証拠収集手続に先行手続の違法性が承継されるから、上記排除法則を適用すべきである。
第3 本件所持品検査の違法性
1 まず、本件で違法と疑われるPの行為は、甲のかばんのチャックを開け中を探るという、いわゆる所持品検査にあたる行為(以下「本件所持品検査」)だから、所持品検査として適法性を検討する。
所持品検査について明文規定はないが、任意処分たる職務質問と密接に関連し、職務質問の効果を上げる上で必要・有効な行為であるから、警察官職務執行法(以下「警職法」)2条1項に基づく職務質問に付随してこれを行うことができる。もっとも、職務質問が任意処分として予定されている以上(警職法2条3項)、その付随行為である所持品検査でも強制の処分が行えないことは明らかであり、所持品検査は、刑事訴訟法が定める捜索に至らない限度において、強制にわたらない限り許容されうる。
2 まず、職務質問を受けた甲は、覚醒剤の密売拠点と目される本件アパート201号室から出てきた人物から封筒を受け取った覚醒剤取締法違反(所持)が疑われる人物であり「何らかの犯罪を犯し…と疑うに足りる相当な理由のある者」(警職法2条1項)に該当する。そして、Pは職務質問において甲に声をかけ、走り出した甲を追いかけて前方に回り込んでいるが、甲の権利利益を強く制約するものでなく強制の処分にはあたらないし、警察比例原則(警職法1条2項参照)にも抵触せず、所持品検査の前提たる職務質問は適法である。
次に、本件所持品検査について検討する。強制の処分とは、相手方の意思を制圧し、身体・住居・財産などの重要な権利を実質的に制限する処分をいう。本件所持品検査において、Pはいきなり甲の所持品である本件かばんのチャックを開け、その中に手を差し入れて在中物を手で探り書類を持ち上げて中の注射器を発見している。この行為は、甲の承諾なくいきなり行われているから甲の意思を制圧しているといえるし、甲の所持品の中を他人に漁られないプライバシー権という重要な権利を実質的に侵害するものと言える。したがって、本件所持品検査は捜索に至る程度の行為ないし強制の処分であり違法である。
第4 本件所持品検査と捜索手続の関連性
違法である本件所持品検査と証拠物たる鑑定書の直接の証拠収集手続の関連性を検討する。鑑定書の直接の証拠収集手続は、捜索対象を甲の身体又は物としてなされた捜索行為(以下「本件捜索」)である。本件捜索は、本件職務質問の経緯が記載された捜査報告書①及び本件所持品検査で注射器を発見した旨記載された捜査報告書②を疎明資料として発付を得た捜索差押許可状に基づいて行われており、違法たる本件所持品検査に関連するのは捜査報告書②のみである。しかし、捜査報告書①は甲の覚醒剤取締法違反の前科及び覚醒剤常用者の特徴を有していたこと、封筒を見せるよう促すと逃げ出したことしか記載されておらず、これのみで捜索差押許可状が発付されたかは疑わしい。さらに、本件所持品検査と本件捜索は覚醒剤発見という同一の目的に向けられたものである上、本件捜索は、本件かばんの中の書類の下に隠れていた注射器という、適法な所持品検査では見つからなかったであろう物品の発見を直接に利用して書かれた捜査報告書②をもとに得られた捜索許可状のもと行われた手続であるから、違法な所持品検査の結果を直接に利用してなされた手続といえ、両手続の関連性は強いといえる。
したがって、違法たる先行手続と捜索手続の関連性があり、捜索手続に違法性の承継が認められる。
第5 排除法則の適用
1 違法の重大性(上記a)
本件所持品検査は、中の見えないチャックのしまった本件かばんのチャックを開いて在中物を手で漁り、中の書類を持ち上げてその下を見るという、甲の所持品を見られない自由という重要な権利を強度に侵害するものである上、「任意じゃないんですか」という甲の発言からは職務質問続行を拒否しているのが明らかであったのに所持品検査を行ったこと、所持品検査を行う承諾を甲にとることなくいきなりかばんのチャックを開けたことに鑑みれば、国民の権利侵害に事前の司法審査を及ぼすという令状主義の趣旨に反した違法の程度の強い行為といえるから、本件捜索手続に承継される違法も重大である。なお、事後的に捜索差押令状を取得して捜索を行ったからといって、甲の権利への侵害が治癒されたわけでもないから、承継された違法性が低減するものではない。
2 証拠許容の不相当性(上記b)
上記の通り権利侵害が強度であり違法の重大性が大きい上、薬物犯、特に所持罪の捜査については、所持品検査や捜索といった、重要な証拠物たる薬物を探す捜査行為が最も重要となるから、このような捜査に関して令状主義潜脱の違法を許容すれば、真実発見のためにこのような違法な所持品検査が頻発する可能性があるし、違法な所持品検査により得られた情報をもとに令状を得ての捜索で得られた証拠を許容することも同様にその前段階の違法を助長することとなる。以上からすれば、本件所持品検査の違法を承継する捜索手続により得られた覚醒剤の鑑定書を証拠として許容するのは将来の違法捜査抑止の観点から問題がある。
3 以上より、本件鑑定書は違法収集証拠として証拠排除され、証拠能力は認められない。
【設問2】
第1 捜査①について
1 捜査①が強制の処分としての「検証」に該当するかを検討する。該当する場合、捜査①は刑事訴訟法218条1項(以下法文名省略)の定める令状発付を受けていないことから、令状主義に反し違法と評価される。
(1) 検証は「強制の処分」(197条1項ただし書)であり、一定の場所、物、人の身体につき、その存在や形状、状態等を五官の作用によって認識する行為のことを指す。捜査①が「強制の処分」に該当するか検討する。
我が国の法が強制処分法定主義をとる趣旨は、国民の権利侵害を伴う行為であるにもかかわらず許容されるものを国民の代表機関たる国会に決定させることで、不当な人権侵害を防止することにある。もっとも、捜査対象者が同意している場合や権利侵害の程度が軽度な行為も全て強制処分としてはほとんどの捜査が強制の処分となり、国会の決定作業も捜査手続も煩雑となるから、「強制の処分」とは、(a)相手方の意思を制圧し、(b)身体・住居・財産などの重要な権利を実質的に制限する処分に限られると考える。
(2) 本件では、撮影対象者が捜査を認識していないから現実の意思抑圧はない。もっとも、当事者が認識しない捜査でも、合理的に推認される意思に反したといえる場合には、現実の意思制圧と同価値であるといえる。捜査①は、実施されると知れば撮影対象者に拒否されたであろうと考えられるから、これを満たす(a充足)。
また、捜査①は撮影対象者の姿態をビデオ撮影する行為であり、みだりに容貌等を撮影されない自由の制約となる。しかし、自ら入店した喫茶店内での様子を他人に見られるのは社会生活上受忍すべきものであり、撮影されない自由も重要な権利とはいえない。そして、喫茶店内での撮影は私的領域に踏み込んだものではないから、撮影対象者に重要な利益として保護すべきプライバシーの合理的な期待があるとも言えない。したがって、捜査①には重要な権利の制約がない(b不充足)。
(3) 以上より、下線部①の行為は強制の処分にあたらず、任意処分である。
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(1) もっとも、任意処分であっても権利利益の制約のおそれは存在するのであるから、無制限に許容されるべきではない。ある任意処分が適法であるか否かは、捜査比例の原則(197条1項本文参照)に照らして判断される。具体的には、事案に即して、その写真撮影がなされた目的、方法、態様、他の代替手段の有無等を踏まえ、捜査機関の利益と、被撮影者が右の自由を侵害されることによって被る不利益とを、総合的に比較考量して決する。
(2) 捜査①では撮影対象者から少し離れた席から撮影対象者の首右側及び飲食の様子が約20秒間撮影されている。捜査①は、覚醒剤密売の拠点と疑われる本件アパート201号室の賃貸借契約の名義人であり覚醒剤取締法違反という重大犯罪が疑われる乙と撮影対象者との同一性を調べる目的で行われているところ、撮影対象者が本件アパート201号室から出てきた人物であり顔が乙の顔と極めて酷似していたことからすれば、同一人物と疑うにたりる合理的理由があり、目的達成の必要性は高い。そして、撮影対象者と乙との同一性確認のためには撮影対象者の首右側に蛇のタトゥーがあるかを確認する必要があったが、首元は顔や服の襟で隠れやすい場所である上、確認対象たるタトゥーは小さいため、単に写真で撮影し形状を確認するのは困難であるから、ビデオで20秒間撮影する行為が目的達成のため相当な行為といえる。さらに、喫茶店内という外部の目に晒されるのを受忍せざるを得ない場所で、特殊な方法を使うことなく撮影をしたのみであるから、法益侵害の程度は高くない。したがって、乙との同一性確認という捜査機関の利益が侵害される利益を上回り、任意処分として適法である。
3 以上より、捜査①は適法である。
第2 捜査②について
1 捜査①と同様の基準で、捜査②が「強制の処分」に該当するか検討する。
捜査②は、本件アパート201号室の玄関ドア及びその付近の共用通路を、本件アパート前の公道の反対側にあるビルの2階からビデオ撮影したというものである。本件アパート201号室に出入りする人物らは、このような撮影は望まないであろうから、合理的に推認される意思に反したといえ、意思制圧があるといえる(a充足)。
2 上記bを検討する。私生活上の平穏は守られるべきであるから、私的領域でのプライバシーへの期待は公道上や喫茶店にいる場合に比してより強く保障されるべきである。捜査②で撮影された本件アパート201号室の玄関ドアは、公道側に向かって設置され公道から観察できるとはいえ、同ドア横に腰高窓が設置されており、出入りする人物の方から公道から同ドアを見ている人を確認することができる場所であるから、出入りする当人が確認できない場所から観察されることを受忍せざるを得ない場所ではなく、出入りする人物らの私的領域といえる。さらに、捜査②での撮影では同ドアの内側の玄関や廊下も映り込んでいるが、これらは公道からは見えない場所であると思われ、玄関ドアの外側以上に、私的領域性が強い。したがって捜査②は私的領域でのプライバシーへの期待を侵害するものといえる。さらに、捜査②は、毎日24時間2ヶ月間という長期間にわたって同場所をビデオ撮影したというものであり、侵害態様も重大である。したがって、捜査②は、本件アパート201号室に出入りする人物らの私的領域におけるプライバシーへの合理的な期待という重要な権利を実質的に制約している(b充足)。
3 以上より、捜査②は「強制の処分」たる検証にあたるにもかかわらず218条1項の定める令状発付を受けていないから、違法である。
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