令和7年(2026年度)早稲田大ロー入試参考答案集
2025年12月8日
参考答案
憲法
(設問1)
第1 文面審査
1.本件規定に反した場合には、裁判所法4条および裁判官分限法に基づく処分が予定されているところ、どのような行為が政治活動にあたるのか文言だけでは判断できないことから漠然不明確ゆえに21条及び31条に反し、違憲ではないか。
2.この点について、31条は、国民の「自由を奪」う場合には公権力の恣意を抑制し、国民に対する公正な告知を担保するため法文の明確性を要求している。また、不明確な法文は、政治活動の自由に対する萎縮的効果をもたらす恐れがある。そして、同条で要求される明確性の程度は、通常の判断能力を有する一般人において具体的場合に当該行為がその適用を受けるものであるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読み取れる程度である。
これを本件についてみるとたしかに「積極的に政治運動をすること」という文言からは通常の判断能力を有する一般人を基準にした場合には、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものであるかどうかの判断をすることができないため明確性の原則に反するとも思える。
しかし、本件規定は裁判官の行為について規定しているものであることから裁判官を基準に明確性を判断する。後述の本件規定の趣旨から「積極的に政治運動をすること」は、裁判の公正とそれに対する信頼を揺るがす恐れのある行為を指すと考えられる。本件規定が裁判官であれば本件規定の趣旨も理解していると考えられるところ、通常の判断能力を有する裁判官を基準にした場合、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものであるかの判断をすることができたと言える。
3.したがって、本件規定は、明確性の原則に反せず、違憲でない。
第2 実体審査
1.裁判官に対して「積極的に政治運動をすること」を禁止している裁判所法52条1号後
段(以下、「本件規定」という。)が、裁判官の政治活動の自由を制約しているとして違憲とならないか。
2.(1)裁判官が政治活動をすることは憲法上保障されているか。
憲法21条1項は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と規定している。ここで保障されている「表現」とは、思想の外部への表明をいうところ、政治活動も思想の外部への表明であるから「表現」に含まれる。
そこで、裁判官が政治活動することは、憲法21条1項により保障される。
次に、本件規定は、「積極的に政治運動をすること」を禁止しており、同規定に違
反した場合、裁判所法49条および裁判官分限法に基づいて懲戒処分を受けうることから、裁判官の政治活動の自由は制約されている。
(2)もっとも、上記自由も無制限に認められるものではなく、「公共の福祉」(12条後段、13条後段)にかなった目的達成のために必要かつ合理的な制約を受ける。本件規定が「積極的に政治運動をすること」を禁止することは、必要かつ合理的と言えるか。
ア まず 、権利の性質について、上記自由は、精神的自由権であっていったん制約されれば民主制の過程の中で回復が困難な性質を有する。また、政治活動により、自己の人格を形成、発展することに寄与するため自己実現の価値を有する。さらに、政治活動は、国民の政治的意思形成に影響することを通じて民主制の過程に資することから自己統治の価値を有する。このことからすれば、上記自由は、その性質上特に重要であって厳格な審査が求められるものであるように思える。しかし、裁判官は、「全体の奉仕者」である公務員の一種であるところ、その職務の政治的中立性とそれに対する国民の信頼を保護する必要性(15条2項)があるため、裁判官の上記自由は厳格な審査を要求する性質ではない。
イ 次に、規制態様について、本件規定は、全ての政治活動を禁止するものではなく、「積極的」なもののみについて禁止しているのであるから、強度な規制とまではいえない。
そこで、中間審査基準を採用し、①制約の目的が重要で、②その手段が目的との関連で実質的関連性を有している場合に、必要かつ合理的な制約と認められる。
3.(1)本件規定の目的について、前述の通り、裁判官の政治的中立性を保護する点にある。裁判官の政治的中立性が損なわれた場合には裁判の公正とそれに対する国民の信頼が崩れるおそれがある。本件規定が保護しようとしている公正な裁判を行うことは、憲法37条1項で要請されている重要なものである。そして、一度裁判の公正とそれに対する信頼が崩れた場合にそれを元の状態に回復することは困難であるためこれを保護する必要性は高い。したがって、本件規定は、裁判官の政治的中立性を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するという本件規定の目的は重要と言える。
(2)次に、本件規定に違反した場合、裁判所法49条等による懲戒処分が行われる可能性があるため裁判官は積極的な政治活動をすることをためらうようになると考えられる。そのような結果になれば、裁判官の政治的中立性を保つという本件規定が目的とするところが達成できる。
また、他に上記の目的を達成しうるより制限的でない手段も考えられないため必要性も認められる。
そして、本件規定の「積極的に政治運動をすること」という規制対象も本件規定の目的から「組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であって、裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがあるもの」に規制対象が裁判官の政治的中立性を保持するために必要な範囲に限定されている。上記目的の重要性から考えれば、その制約の相当性も認められる。
したがって、本件規定による制約は、目的が重要でその手段が目的との関係で実質的関連性を有すると認められる。
4.よって、本件規定は合憲である。
(設問2)
1.寺西判事補事件においてXは、裁判所法52条1号後段の禁止する積極的な政治活動に該当する行為を行ったとして懲戒処分を受けている。そして、憲法21条1項の保障範囲は前述の通りであるところ、Xがシンポジウムにパネリストとして参加する予定であったにもかかわらず、これを見合わせるように警告された旨の発言をしたことは、Xの思想を外部に表明するものといえ、表現の自由として保障される。
このようなXの発言が、同規定における「積極的に政治運動をすること」に当たらないにもかかわらず、Xを懲戒処分すれば、Xの表現の自由を制約することになるため、このことが憲法21条1項に反し違憲とならないか。
2.ここで、公務員の政治的行為の合憲性が問題となった堀越事件判決は、「政治的行為」について、国家公務員法102条1項の文言、趣旨、目的や規制される政治活動の自由の重要性に加え、同項の規定が刑罰法規の構成要件となることを考慮すると、同項にいう「政治的行為」とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず 、現実的に起こりうるものとして実質的に認められるものを指すものであり、こうしたおそれが認められるか否かは、当該公務員の地位、その職務の内容や権限等、当該公務員がした行為の性質、態様、目的、内容等の諸般の事情を考慮して判断するとしている。この点、寺西判事補事件は、同じく公務員である裁判官の政治的行為に対する制約が観念できることからすれば、同基準が同様に妥当するように思える。
しかし、裁判官は、三権分立原理の下、裁判官の職権の独立(憲法 76条3項)が要請され、これを担保するためには裁判官はとりわけ政治的な勢力から距離を置く必要がある。また、司法に対する国民の信頼を確保するためには、外形的にも裁判官が中立・公正な態度をとることが求められる。このことからすれば、Xの発言が、「積極的に政治運動をすること」に当たるか否かの判断にあたっては、堀越事件と同様の基準をそのまま用いるべきではなく、同基準における考慮要素を活用しつつも、より厳格に判断するべきである。そこで、問題文中の最高裁の指すように、組織的、計画的又は継続的な政治活動を能動的に行う行為であって、裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがあるか否かをもって判断するべきである。
3.本件についてみるに、Xは、地方裁判所の判事補であったが、職制上判事と比較して、その権限・役割に大きな差があり、裁判官としての独立及び中立・公正に対する影響力は小さいように思える。また、実際にシンポジウムにパネリストとして参加したり、そのシンポジウムにおいて政治的発言を行ったりするのと比較すれば、参加を警告させられた旨の発言をしたことは裁判官の独立及び中立・公正を害するものといえない。
しかし、本件の市民集会は、組織的犯罪対策法案に反対する市民集会という政治的色彩の強いものであって、これに参加しなかったとしても、裁判官であるXが、参加する予定であったこと及び裁判所からその参加に対して警告が行われた旨の発言を行うことは、Xが同シンポジウムの意見主張に賛同するものであって、かつ、裁判所がこれに反対する意見主張を有するものと評価されかねない。また、実際にもXは、そのような思想を外部に表明する意図があり、組織的犯罪対策法案の廃止を目的として発言行為を行ったものと推測される。さらに、上記の通り、判事補という地位が判事と比較すれば、裁判官としての独立及び中立・公正に対する影響力は小さいかもしれないが、前述した裁判官の特性からすれば、判事補であってもその影響力は大きいものといえる。
このことからすれば、Xの発言は、組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であって、裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがあるものといえる。
したがって、Xの行為は、「積極的に政治運動をすること」にあたると言え、本件規定の要件に該当する。
4.よって、寺西判事補事件においてXを懲戒処分したことは、合憲である。
(設問3)
1.寺西事件の懲戒処分をすることが「裁判」(82条)に当たるのであれば、裁判官の懲戒が非訟事件手続によって行われるのは、裁判の公開原則(82条)に反し、違憲となるが「裁判」にあたるか。すなわち、裁判官分限法に基づく分限裁判や戒告処分などの裁判官の懲戒処分をすることが、憲法82条にいう「裁判」に含まれるかが問題となる。
裁判所法3条1項は、「法律上の争訟」について「裁判」する権限を有すると規定している。そのため、「法律上の争訟」を対象とするものが「裁判」であると考えられる。そして、「法律上の争訟」とは、当事者間の具体的な法律関係ないし権利義務の存否に関する争いであり、かつ、それが法律を適用することにより終局的に解決できるものをいう。
では、裁判官に対する懲戒処分は、「裁判」の対象である「法律上の争訟」にあたるか。
2.(1)
2の資料において、裁判所は、夫婦の同居義務の審判は、夫婦の同居義務という実体的権利義務自体を確定するものではなく、その権利義務を前提とする具体的な同居内容を定めるものであって「法律上の争訟」に当たらないと判断している。これは、前提たる実体的権利義務の存否についての判断が、具体的内容を定める審判の確定後も公開の法廷における対策及び判決によって確定されることで、審判によって確定した具体的内容が変更されうることを意味している。すなわち、具体的同居内容を確定する審判をもって当事者の権利義務関係が確定するものとはいえない。
これを本件についてみると、裁判所法4条及び裁判官分限法に基づいて懲戒権限があることを前提にその内容である戒告などの具体的処分内容を決定するものである。
したがって、2の資料を根拠に検討した場合、裁判官の懲戒は「法律上の争訟」に当たらず、「裁判」に当たらない。
(2)3の資料において、行政処分は、公開の法廷によって対審及び判決によって行われなければならないものではなく、公開原則の適用はないとしている。
これを本件についてみると、裁判官の懲戒処分は、裁判所内部の秩序維持を目的としてなされるものであって、その性質上行政処分といえる。
したがって、3の資料を根拠とした場合、裁判官に対して懲戒処分をすることは、「裁判」に当たらない。
3.以上から、裁判官に対して懲戒処分をすることは、「裁判」に当たらず、非訟事件手続に従って行われることは、公開原則に反せず、違憲とならない。
民法
(設問1)
第1 小問(1)について
1.AのBに対する請求の法的根拠は、不法行為に基づく損害賠償請求である(709条)。
同条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定する。このことからすれば、同請求が認められる要件は、①権利または法律上保護される利益の侵害、②故意または過失、③損害の発生、④因果関係が認められることである。
本問において、Bは、自動車の運転によってAの所有し登録する自動車甲を損傷しており、このことについてBには過失が認められるのは問題文の通りである。このことからすれば、①ないし④を充足する。
したがって、Aの上記請求は認められる。
2.これに対して、Bは、「Aにも過失があったことを考慮して損害賠償の額を定めることを主張する」とあるが、その法的根拠は、過失相殺の抗弁(722条2項)である。
同項は、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」と規定する。これは、損害の衡平な分担という見地に基づく制度である。すなわち、被害者において損害を拡大化させたり、損害の減少を怠った場合についてまで、加害者に賠償責任を負わせないとの趣旨である。
本件事故の過失割合は、「調査により、A:Bの過失の割合が、Aが3に対しBが7の割合であることが明らかとなっている」ことからすれば、Bとしては、Aの過失が認められる割合についてまで賠償責任を負うことはない。
したがって、Bによる過失相殺の抗弁は認められる。
3.以上から、Aの請求は7割の限度において認められる。
第2 小問(2)について
1.Bの主張の法的根拠は、相殺の抗弁である(505条1項)。同項は、「二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。」と規定する。また、506条1項前段は、「相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。」と規定する。このことからすれば、相殺の抗弁の成立要件は、①相対立する二つの債務が存在すること、②各債務が同種債権であること、③各債務が弁済期にあること、④債務の性質上相殺を許さないものではないこと、⑤相殺の意思表示があることが認められることである。
本問において、AがBに対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有していることは前述の通りである。また、BがAに対して債権を有していることも問題文の通りである。その上で、これらの各債権はいずれも金銭債権である(①・②充足)。また、Bの供する債権は、本件相殺における自働債権であるところ、かかる債権については期限の利益を放棄することによって弁済期の到来を迎えることができる(136条2項)。さらに、Aの有する不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害の発生時から弁済期が到来している(③充足)。
したがって、Bの相殺の抗弁は、④が認められることを前提に、⑤相殺の意思表示をすることによって認められる。
2.これに対するAの「AがBに対し負担する債務が人の身体の侵害による損害賠償の債務であるから相殺に適しないとする」意見主張の法的根拠は、人の身体の侵害による損害賠償の債務を自働債権とする相殺は、債務の性質上相殺を許さないものであって、④を充足しないとのものである。
この点、たしかに、509条では、「次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。」と定めたうえで、同条2号において、「人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務」を定めている。しかし、同条が禁止する相殺は、その文言からもわかるように、人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務を受働債権とする場合に限定している。
本問では、前述の通り、人の身体の侵害による損害賠償の債務を自働債権とする場合であるから、同条の禁止する相殺にはあたらない。
したがって、Aによる意見主張は失当である。
(設問2)
1.Cの請求の法的根拠は、不法行為に基づく損害賠償請求(709条)である。同請求の成立要件は前述の通りである。
本問において、Bによる事故によって、Cは自己の身体という「法律上保護される利益」を侵害されており、これにより負傷し、治療費200万円という損害を発生させている。そして、前述の通り、本件事故について、Bには過失が認められる。
したがって、Cの請求は認められる。
2.これに対する、「Aに過失があったことを考慮して損害賠償の額を定める」べきであるとのBの主張についての当否を検討するが、かかる主張の法的根拠は、過失相殺の抗弁である(722条2項)。同項では、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」と定められているところ、本問でのCには、少なくとも「過失」が認められない。そこで、「被害者に過失があったとき」ということができるかが問題となる。
この点、同項の趣旨は、損害の衡平な分担に求められるところ、被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすと認められる関係にある者の過失を考慮しなければ、加害者は、本来他人が責任を負うべき損害についても賠償しなければならないこととなり、同項の趣旨に反することとなる。したがって、共同生活を営む身分上ないし生活関係上一体をなす関係にある者についても「被害者」に含めて、過失相殺の当否を決せられる。
本問において、A・Cは、婚姻の届出をしていないが、事実上夫婦と同様の関係にあって同居しているのであるから、Cからみて、Aは、共同生活を営む身分上ないし生活関係上一体をなす関係にある者といえる。
したがって、Cの請求である場合であっても、Aの過失をいわば、「被害者」側の過失として判断することができる。
3.以上から、Cの請求額である200万円のうち、Aの過失である3割を考慮した140万円の限度で請求は認められる。
(設問3)
1.AのEに対する請求の法的根拠は、甲の所有権(206条)に基づく返還請求権としての引渡請求である。同請求の要件は、①Aが甲を所有していたこと、②Eが甲を占有していることが認められることである。
本問において、甲についてAが所有していたことは問題文の通りである。また、Eは、Dから甲について現実の引渡し(182条1項)を受けていることから、占有しているといえる。
2.これに対して、Eは、DE間の売買契約(555条)が締結し、これによって所有権を承継取得した(176条)と反論することが考えられるが、売買契約当時Dは、甲につき無権利者であって、同契約はいわゆる他人物売買契約(561条)にすぎないため、物権的権利を取得することはなく、債権的な権利しか取得することはない。したがって、Dが、同契約の存在のみをもって甲の所有権を取得することはできない。
そこで、Eは、DE間の売買契約の締結及びその後の現実の引渡しをもって即時取得(192条)が成立したとして、Aの所有権は喪失したとの反論をすることが考えられる。同条は、「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。」と規定する。このことから、即時取得の要件は、①有効な取引行為によって動産の占有を始めたこと、②平穏かつ公然、③前主が適法でない権利者であることについて善意かつ過失がないことである。また、前主の動産の占有という権利の外形を信頼することを理由に、当該動産の占有譲り受けた者を取引の安全の観点から保護する即時取得の制度趣旨からすれば、明文無き要件として、④前主の占有の事実も要求される。②及び③のうち「善意」については、186条1項によって推定され、188条によって前主が適法な占有者であることが推定されるため、この者から買い受けた者は無過失であると推定される。そして、本問において、その推定を覆す事情はない。また、前主であるDが占有していたことも問題文の通りである。
そこで、本問では、①が問題となる。すなわち、DE間の売買契約は、他人物売買であるものの、それ自体としては、有効な取引行為ということができるが、その目的物は、Aの登録がされている自動車である甲であって、これを「動産」ということができるかが問題となる。
この点、即時取得制度は、占有という動産に関する権利の外形を信頼し、所有者の支配領域を離れて流通するに至った動産に対して、支配を確立した者を特に保護するものであるところ、不動産における登記と同様、自動車登録がある自動車については、これによって所有者を把握することができるため、即時取得制度の趣旨が及ばない。すなわち、本問では、甲にはAの自動車登録がされている以上、即時取得が可能である「動産」ということができない。
したがって、Eに即時取得は成立しないため、Eの反論は認められない。
3.以上から、Aの請求は認められる。
刑法
第1 Aに対する罪責について
1.甲がAの左肩付近を素手で殴打した行為について
(1)甲の上記行為につき、Aに対する傷害罪(204条)の成否が問題となる。
同条は、「人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と規定する。つまり、同罪が成立するには、「人の身体を傷害した」ことを要する。そして、ここにおける「傷害」とは、人の生理的機能を害することを指す。
本問において、甲は、上記行為によって、Aをよろけさせ、Bにぶつかった後に路面に転倒させ、左手に全治14日程度の擦過傷を負わせている。左手に全治14日程度の擦過傷を負わせたことは、人の生理的機能を害することに当たるため、Aの左手という「人の身体を傷害した」ということができる。
さらに、上記行為について、甲には、少なくとも人に対する有形力の行使としての、暴行罪(208条)の故意が認められる。暴行罪の結果的加重犯である傷害罪については、基本犯である暴行罪の故意が認められれば、同罪の故意が認められる(38条1項)。
(2)しかし、本問では、甲が上記行為を行うに先立って、Aが持っていた殴りかかってきたという背景事情が存在する。そこで、甲について、正当防衛(36条1項)が成立し、上記行為の違法性が阻却されることにより、同罪が不成立とならないか。
同項は、「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」と規定する。つまり、正当防衛の成立には、①「急迫不正の侵害に対して」行われたこと、②「自己又は他人の権利を防衛するため」に行われたこと、③「やむを得ずにした行為」といえることを要する。
「急迫不正の侵害」とは、刑法上の違法な法益侵害が現に存在しているか、又は間近に押し迫っていることを指す。本問では、Aが持っていた殴りかかってきたのであって、これをもって刑法上の違法な法益侵害が現に存在しているといえる。よって、①を充足する。
また、甲による上記行為は、Aからの急迫不正の侵害に対して、「身を守るため」にしている。つまり、自己の身体を防衛するためにした行為であるため、②を充足する。
「やむを得ずにした行為」とは、反撃行為が、侵害行為との関係で、防衛手段としての社会的相当性を有していることを指す。本問では、侵害行為は、女性であるAによってされたものであるが、傘という武器を用いてなされたものであるから、男性である甲にも、自己の身体を防衛するために相当程度強度な反撃行為が許容されるものといえる。実際に、なされた反撃行為、すなわち甲による上記行為は、Aの左肩付近を素手で殴ったにすぎず、武器を使っていないだけでなく、Aに対して致命的なダメージが生ずるようなものでもない。これらのことからすれば、甲による上記行為は、反撃行為として社会的相当性を有するものといえ、「やむを得ずにした行為」ということができる。
したがって、甲には、上記行為につき正当防衛が成立する。
(3)以上から、甲には、傷害罪は成立しない。
2.甲がAの携帯電話を持ち去った行為について
(1)甲の上記行為について、甲による暴行行為が先立っていることから、強盗罪(236条1項)ないし恐喝罪(249条1項)の成否が問題となるも、同罪の成立のために求められる暴行又は脅迫は、財物奪取の手段として行われる必要があり、本問のように事後的に奪取意思が生じたような場合には、同罪は成立しない。
そこで、甲の上記行為について、窃盗罪(235条)の成否が問題となる。
同条は、「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と規定する。つまり、同罪の成立には、「他人の財物を窃取した」ことを要する。
(2)「他人の財物」とは、他人の占有する他人の所有物を指す。また、ここにおける占有とは、物に対する実力的支配関係を意味する。甲の持ち去った携帯電話は、Aが同人のバック内に入れていたものであって、これが転倒と共にその場所に散乱したにすぎないため、Aの実力的支配が及ぶといえ、かつ、Aが所有するものであった。したがって、甲の持ち去った携帯電話は、「他人の財物」といえる。
「窃取」とは、占有者の意思に反して、自己又は第三者の占有に移すことを指す。甲による上記行為は、占有者であるAの意思に反して、甲の占有に移すものであるから、「窃取した」ということができる。
その上で、甲による上記行為につき、不法領得の意思が認められるかが問題となる。
まず、不法領得の意思とは、①権利者を排除して他人の物を自己の所有物として(権利者排除意思)、②その物から得られる何らかの効用を享受する意思(利用処分意思)を指す。窃盗罪において、不法領得の意思を必要とするのは、不可罰的な使用窃盗や、器物損壊罪などの毀棄罪との区別を可能にするためである。
本問において、Aの携帯電話を持ち去っており、これをすぐさま返還するような意思もないことから、経理者排除意思が認められる。
しかし、Aの携帯電話を持ち去ったのは、交際中の記録の消去のためであって、消去後には携帯電話を川に投棄していることからすれば、甲はAの携帯電話から何らの効用も享受するつもりはなかったといえる。したがって、利用処分意思は認められない。
(3)以上から、甲の上記行為には、窃盗罪は成立しない。
(4)もっとも、甲は、「他人の物」であるAの携帯電話を持ち去ったのち、これを川に投棄したことによって、Aがその携帯電話を利用することを不可能にさせているため、物本来の効用を失わせているといえる。したがって、甲には器物損壊罪(261条)が成立する。なお、同罪について、甲に故意を欠くことはない。
3.甲がAに貸していた甲のカギ(以下、「本件カギ」という。)を持ち去った行為について
(1)上記行為につき、強盗罪及び恐喝罪が成立しないのは、前述の通りである。
また、窃盗罪の適用条文及び成立要件についても、前述の通りである。
(2)本件カギは、Aのバッグに入っていたものであって、これが転倒に伴い散乱したにすぎないため、Aの実力支配下にあるものであるといえる。もっとも、本件カギは、甲の所有物であるため、甲からみて他人の所有物でない。しかし、242条では、「自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。」と規定されている。このことからすれば、自己の財物である甲の本件カギを、他人であるAが占有しているときは、「他人の財物」とみなされる。また、占有者であるAの意思に反して、本件カギを甲の実力支配下に移しているため、「窃取した」といえる。
そこで、本問においても、不法領得の意思の有無が問題となる。
甲は、本件カギを持ち去っており、これをすぐさまAに返還するような意思もないことから、権利者排除意思が認められる。また、本件カギから生ずる効用として、本件カギでもって甲の自宅に出入りすることや、これを渡すことによって出入りする人数を増やすことが考えられるが、甲は、新たな交際相手に使用させる意思があったのであるから、利用処分意思も認められる。
そして、甲による上記行為につき、故意を欠くこともない。
(3)以上から、甲による上記行為につき、窃盗罪が成立する。
なお、上記行為には、元交際相手であるAの訪問防止という目的も含まれていることから、正当防衛ないし自救行為として違法性が阻却されるか否かについても問題となりうるが、急迫不正の侵害がないことに加えて、甲としては勝手に持ち去るのではなく、まずはその返還を求めればよかったということができるため違法性が阻却されることはない。
第2 Bに対する罪責
1.甲がAの左肩付近を素手で殴打した行為について
(1)甲による上記行為につき、Bに対して、傷害致死罪(205条)の成否が問題となる。
同条は、「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。」と規定する。つまり、同罪の成立には、「身体を傷害し、よって人を死亡させた」ことを要する。本問では、甲は、上記行為により、Bも転倒し、身体を路面等に打ち付けて全治10日程度の傷害を負わせており、少なくとも「身体を傷害」したということができる。さらに、その1か月後にBは、「死亡」している。
そこで、甲による上記行為とBの死亡結果との間に因果関係が認められるかが問題となる。
因果関係の存否の判断は、当該行為が内包する危険が結果として現実化したか否かをもって決する。そして、具体的な事案ごとに妥当な帰責の範囲を画するためにも行為時に存在したあらゆる事情を基礎事情として考慮するべきである。
甲による上記行為には、脳に特殊な病変があるBの頭部に対して不法な有形力を行使するものであって、その行為には性質上人に死亡結果を生じさせる危険を有しているといえる。そして、実際に、当該行為によって直接にBの死亡結果を生じさせているため、甲による上記行為が内包する危険がBの死亡結果として現実化したということができる。したがって、甲による上記行為とBの死亡結果の間には因果関係が認められる。
そうだとしても、本問において甲は、あくまでAに対して反撃する意思があったにすぎず、これを超えてBに対してまで攻撃をする意思までは認められない。このことは、現場が人通りが多い場所であったものの、甲が、通行人を巻き込むとは思っていなかったことからもわかる。そこで、Bに対する傷害致死罪の構成要件的故意の有無が問題となる。すなわち、具体的事実の錯誤のうちの方法の錯誤及び故意の個数につき問題となる。
この点、故意責任の本質は、犯罪事実の認識によって、規範に直面し、反対動機が形成できるのに、あえて犯罪に及んだことに対する道義的非難である。そして、犯罪事実は、刑法上構成要件に分類化されており、かつ、各構成要件の文言上、具体的な法益主体の認識までは要求されていないといえるから、認識した内容と発生した事実がおよそ構成要件の範囲内で符合していれば犯罪事実の認識があったといえ、故意が認められる。また、このように故意の対象を構成要件の範囲内で抽象化する以上、故意の個数は問題とならない。
本問において、甲はAという「人」に対する暴行罪の故意が認められる。そして、傷害致死罪は暴行罪の結果的加重犯であるから、基本犯たる暴行罪の故意が認められれば、傷害致死罪の故意が認められる。さらに、上記の通り、故意の個数は問題とならない。
したがって、甲には、Bに対する傷害致死罪の故意が認められる。
(2)次に、甲による上記行為は、Aの侵害行為を契機としてされたのであるから、正当防衛ないし緊急避難(37条1項)が成立し、違法性が阻却されないか。
この点、Bには「急迫不正の侵害」が認められないのは明らかであるから、正当防衛が成立することはない。そこで、緊急避難の成否が問題となる。
37条1項前段では、「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。」と規定されている。つまり、緊急避難の成立には、①「現在の危難」が存在すること、②「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する」避難の意思が認められること、③「やむを得ずにした行為」であること、④「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合」であることを要する。
本問では、Aの侵害行為を契機として、甲自身の身体を守るためになされているから、①②を充足することは明らかである。
③「やむを得ずにした行為」とは、正対不正の関係にないことから正当防衛の場合と異なり、危難を避けるための唯一の侵害回避手段であることを要する。この点、本問では、Aからの侵害行為は、傘で殴りかかってきたものであり、わざわざ反撃しないでも、走って逃げることが十分可能であったといえ、甲による上記行為を「やむを得ずにした行為」ということはできない。したがって、緊急避難も成立することはなく、違法性は阻却されない。
(3)しかし、本問では、上記の通りAからの侵害行為を契機としてなされたのであって、Aに対しては正当防衛が成立するのであるから、責任故意が阻却されないかが問題となる。すなわち、防衛行為と第三者についての論点が問題となる。
この点、防衛行為としてなされた行為によって第三者に対して違法な法益侵害がなされた場合には、行為者の主観では、正当防衛が成立する事実の認識があるが、実際には正当防衛が成立せず、違法性が阻却されないのであるから、いわゆる誤想防衛と同様の関係にあるといえる。つまり、違法性阻却事由に錯誤があるのと同様の関係にある。
故意責任の本質は、前述したとおりであるが、違法性阻却事由がないのにあると認識した場合には、違法性の意識を喚起することはできず、反対動機形成の機会が存在しない。
本問では、甲は、上記行為を行うに際して正当防衛が成立事実の認識しかないため、Bに対する法益侵害についての反対動機形成の機会が存在せず、責任故意を問うことができない。
したがって、甲には、Bに対する傷害致死罪についての責任故意がない。
(4)以上から、甲の上記行為について、Bに対する傷害致死罪は成立しない。
なお、甲の上記行為については、別途過失致死罪(210条)の成否が問題となるところ、人通りの多い場所において、Aの左肩付近を殴打すれば、これによって転倒するなどして周りの人間をも巻き込んで、その者に対しても傷害結果ないし死亡結果を生じさせることは十分予見可能である。また、そうした結果を生じさせない結果回避義務があったといえるのに、その義務を懈怠したのであるから、「過失により人を死亡させた」といえる。
以上から、甲の上記行為について、Bに対する過失傷害罪が成立する。
商法
第1:〔設問1〕
1.Cは、甲社の「株主」として、本件決議の取消しを求める訴え(会社法(以下、法令名省略831条1項柱書)を提起し、その中で、本件決議には、①議長BがHによる議決権の代理行使を認めなかったこと、②Bが議決権を行使したことの二点を主張することが考えられる。
2.①について
甲社の定款には、株主総会の議決権行使の代理人資格を株主に限定する規定(以下、本件定款規定)があるため、Bは本件定款規定に従い、Hによる議決権の代理行使を認めなかったと考えられる。では、本件定款規定はHに適用されるのか。
まず、本件定款規定は310条1項に反し、無効ではないか。
310条1項は、代理人資格の制限を合理的な理由による相当程度の範囲内で許容する趣旨であり、議決権行使の代理人資格を株主に限定する定款規定は、株主総会が株主以外の第三者によってかく乱されることを防止し、会社の利益を図るという合理的な理由に基づく相当程度の制限であるから、310条1項に反せず、有効である
一方で、株主の議決権行使(308条1項)は、株主が会社経営に参加する手段として最も重要な共益権の一つであるし、とりわけ、取締役会設置会社においては、株主総会における決議事項が限定されている(295条2項、298条3項)ため、その機会は最大限保障されるべきである。そこで、(a)株主総会のかく乱のおそれがない場合や、(b)定款規定の適用が事実上議決権行使の機会を奪うに等しい場合には、当該定款規定の効力が及ばないと考える。
Hは、BとCがもめていることを知ったAが、自身が一方にのみ肩入れすることを避けるために、本件株主総会における自己の議決権の行使その他の一切の事項について委任した者である。また、Hが弁護士であることからしても、Hの意図に反するような行動をすることは考えにくい。
そうすると、Hによる議決権行使を認めたとしても本件株主総会のかく乱のおそれはないといえるから、(a)の場合に該当し、本件定款規定の効力はHに及ばない。
よって、本件決議には、Hによる議決権の代理行使を認めなかった点において「決議の方法」が310条1項たる「法令…に違反する」(831条1項1号)に当たり、取消事由がある。
そして、Hによる議決権の代理行使を認めなかったことは、Aの株主としての権利である議決権行使の機会を奪うものだから、「違反する事実が重大でな」い場合に当たらず、裁量棄却(831条2項)は認められない。
なお、①はC自身の株主としての権利とは関係のない取消事由であるが、決議の公正を図る見地から、Cも①の取消事由を主張できると考える。
3.②について
Bは「特別の利害関係を有する者」に当たるか。
「特別の利害関係」(831条1項3号)とは、ある議案について他の株主とは異なる特殊な利益を得たり、他の株主が受ける利益を免れる者をいう。
たしかに、本件決議におけるBを取締役に選任する議案が成立した場合、Bは甲社取締役となる利益を得ることになるから、候補者として議案に挙げられていない他の株主と異なる利益を得ることになるとはいえる。しかし、株式会社の有する権利の本質は、会社の支配ないし経営に参加することができるという点にもあるから、取締役選任決議において自己が候補者となっている議案について議決権を行使して自己が取締役となる利益は、株主としての権利に基づく正当な権利行使の結果として得る利益であるというべきであって、株主としての資格を離れた個人的な利害関係を得るものではなく、他の株主と異なる「特殊な」利益を得るものとはいえない。よって、Bは「特別の利害関係を有する者」に当たらない。
よって、831条1項3号の取消事由はなく、②の主張は失当である。
4.以上から、①の主張は認められ、本件決議の取消は認められる。
第2:〔設問2〕
1.本件決議により取締役として選任されたB・F・Gが、その任期満了により退任し、再び令和7年6月24日の株主総会決議(以下、決議Ⅱ)により再任されているから、現時点において本件決議により選任された取締役が存在しない。そこで、本件決議の取消しの訴えに訴えの利益が認められるかが問題となる。
2.訴えの利益が認められるのは、特定の請求について本案判決をすることが、特定の紛争の解決にとって必要かつ有効、適切である場合である。
株主総会決議の取消しの訴えが形成の訴えであることからすれば、法がそのような訴えを一定の要件の下で認めているものといえるから、訴えの利益が認められるのが原則である。
しかし、取締役選任決議の取消しの訴えの主たる目的は当該決議により選任された取締役の地位を失わせることにある。そうだとすれば、訴訟係属中に当該決議により選任された取締役全員が現存しなくなった場合には、特段の事情がない限り、当該目的を達成することができず、その取消しの必要性を欠くとして訴えの利益が否定される。そして、その特段の事情としては、取消対象である先行手続の取消しによって先行手続が不存在となることで、先行手続を前提として行われた後行決議が瑕疵を帯びることになるという意味で、瑕疵が連鎖する場合が考えられる。
3.本件決議が株主総会決議取消しの訴えにより取り消された場合、本件決議は遡及的に無効となる(839条反対解釈)から、本件決議によって取締役となったB・F・Gから構成される取締役会は正当なものとはいえず、当該取締役会で選定された代表取締役Bも正当な選定を受けたとはいえない。そうすると、Bは株主総会の正当な招集権限を有さず、そのBによって招集された令和7年6月24日の株主総会における決議Ⅱも、当該決議が全員出席総会においてなされたなどの瑕疵を治癒する特段の事情がない本件では、正当な招集権限を有さない者によって招集されたという瑕疵のある株主総会として法的に不存在となる。
4.よって、取消対象である先行手続の取消しによって先行手続が不存在となることで、先行手続を前提として行われた後行決議が瑕疵を帯びることになるとという意味で瑕疵が連鎖する場合に当たるから、上記特段の事情が認められ、訴えの利益が認められる。
なお、本件においては、後行決議たる決議Ⅱの瑕疵を争う訴えが併合提起されていないが、決議Ⅱの不存在は訴え以外の方法でも主張できることから、決議Ⅱの瑕疵を争う訴えの提起の有無は本件決議を取り消す必要性を左右するものではなく、併合提起が本件の場合でも、本件決議の取消しの訴えの訴えの利益は認められる。
民事訴訟法
1.確認の訴えについては、その対象が無限定となりかねないし、判決に執行力がないことから紛争解決手段としての実効性が限定的である。このことからすれば、確認の利益の有無については慎重に判断するべきであり、具体的には、①対象選択の適切性、②方法選択の適切性、③即時確定の必要性が認められる場合に、確認の利益が認められると解するべきである。
2.① 確認対象としては、原則として自己の現在の法律関係に関する積極的なものであることを要する。本件訴えの確認対象は、XがYに対して、本件敷金の残額である320万円の返還請求権を有することであるが、敷金返還請求権は、賃貸借契約が終了し、賃貸物の引渡しがされた後に発生することから(民法622条の2第1項各号)、将来の法律関係の確認を求めるものであるとして、確認対象としての適切性を欠くように思える。しかし、敷金返還請求権は、返還の時点においてそれまでに生じた被担保債権の控除後に残額があることを条件としてその残額につき発生するものであるから、自己の現在の条件付きの権利または法律関係の確認を求めるものであって、確認対象としての適切性が認められる。
② 原告の権利や法律上の地位に対する危険や不安を除去するのに確認の訴えよりも適切である法的手段が存在する場合には、方法選択の適切性は認められない。この点、本件敷金は未だ発生していないことから現在給付の訴えをすることはできず、また具体的返還請求権の額が定まっていないことから将来給付の訴えの利益も認められず、Xにとって、本件敷金の存在を確認する他の手段はないため、方法選択の適切性が認められる。
③ 即時確定の必要性は、(ア)原告が保護を求める法的地位が十分に具体化・現実化されているかどうか、(イ)被告の態度や行為の態様が、原告の地位に対して危険又は不安を生じさせているかという観点から判断する。
(ア)本件訴えの確認対象は、前述の通りXがYに対して、本件敷金の残額である320万円の返還請求権を有することであるが、敷金返還請求権は、賃借人による賃料不払いや賃貸物の損傷によって賃貸借契約が継続する限り減額し続ける性質がある。本問では、XY間の賃貸借契約が継続していていることからすれば、いまだ原告であるXの法的地位が具体化・現実化していないといえ、即時確定の必要性が認められないとも考えられる。
しかし、確認の訴えには、権利または法律関係を既判力をもって確定することにより現在の紛争を解決するとともに、将来の紛争を予防する機能をも有することをも考慮して、原告が保護を求める法的地位が十分に具体化しているかを判断しなければならない。本問についていえば、少なくともXの主張では、前賃貸人であるAに対して400万円の敷金を交付したことになっているのであるから、現在の具体的な敷金返還請求権の額及びその存在を確認することで、賃貸借契約終了後の敷金返還請求訴訟においては、その当時に、敷金返還請求権が存在していたのか、あるとして残額がいくら残っていたのかを前提とすることができるため、将来の紛争の複雑化を防止することができる。このことからすれば、未だ具体的返還請求権の額が定まっていない場合であっても、Xの保護されるべき法的地位が具体化しているといえる。
(イ)Xは、本件敷金の存在を前提にその具体的金額について主張している一方で、Yは、本問における賃料増額調停で、本件敷金の存在自体及び返還義務を争っているのであるから、被告の態度や行為の態様が、原告の地位に対して危険又は不安を生じさせているといえる。
これらのことからすれば、本件訴えには、即時確定の必要性が認められる。
3.以上から、本件訴えには、確認の利益が認められる。
刑事訴訟法
第1 本件供述調書の証拠能力について
1.刑事訴訟法319条1項は、「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。」と定めている。つまり、本件供述調書が同項の定める「任意にされたものでない疑のある自白」にあたる場合には、本件供述調書は「証拠とすることができない」。
では、これにあたるか。
2.(1)同項の趣旨は、任意性に疑いのある自白について証拠能力を否定することによって裁判所の誤った判断を防止する点に求められる。このことからすれば、「任意にされたものでない疑のある自白」か否かは、虚偽自白を誘発する危険性の高い状況の下で当該自白がなされたかをもって決するべきである。
(2)本問において、甲は、逮捕後にKからの連日の取調べがなされていたにもかかわらず、本件犯行について一貫して黙秘していた。このことから、Kは何らかの策を講じなければ甲から本件犯行に関する情報を得ることはできない状況であったことが分かる。
そのような状況において、Kは、まず甲が「運転手にすぎない」ことを把握していることを伝えている。これは、甲に対して、本件犯行における拳銃を撃った者、すなわち殺人の実行行為者ではないことを伝えることによって、首謀者ないし中心人物ではないことを認め、安心して本件犯行について供述するように促していると評価できる。Kによってこのようなことが行われれば、甲としては、「Kは、私を殺人の実行行為者とは考えていないらしい。そうであるならば、この際本件犯行について自白することによって、刑が軽くなることは間違いない。」と考えるはずである。しかし、仮に甲がそのように考えたとしても、甲としては、本件犯行の共犯者としては刑が科されることを認識している以上、国家機関である警察に対して迎合し、虚偽を述べるような状況下にはないといえる。
(3)次に、Kは、甲に対して「拳銃を撃った奴は誰なんだ。お前が犯行について自白し、銃を隠した場所を言えば、確実に不起訴にしてやる。俺の言葉を信じろ。」と伝えている。これは、甲に対して、不起訴の約束をすることによって、甲には自白による損が存在しないことを認識させ、本件犯行について供述するように促していると評価できる。Kによって、このようなことが行われれば、甲としては、「Kは、私が自白すれば、私を不起訴にしてくれるらしい。そうであるならば、この際本件犯行について自白することによって、不起訴にしてもらおう。」と考えるはずである。このことは、甲において、起訴のリスクが存在しないことから、一見して真実が述べられる可能性が高い状況下のように思える。しかし、このような利益的誘導性の高い行為がなされれば、甲としては、連日の取調べによって、早期の身体解放を望むがあまり、本件犯行に関する虚偽の事実までの供述しかねないものといえる。たしかに、起訴不起訴を判断するのは、検察であって(247条)、警察官Kではないことからすれば、Kのする約束には不起訴に対する直接的な効果はないが、一般人である甲からみて検察と警察官Kの権限の違いを認識し、それによって自白をするかしないかを判断することはほぼ不可能であったといえる。
これらのことからすれば、甲の自白は、類型的に虚偽自白を誘発する危険性の高い状況の下でなされたものといえる。
3.以上から、本件自白調書は、「任意にされたものでない疑のある自白」といえるため、証拠とすることはできない。
第2 本件拳銃の証拠能力について
1.本件拳銃は、前述した本件自白調書が得られたことによって、同自白に基づいて捜索したところ発見され、押収されたものである。そして、前述の通り、本件自白調書は、不任意自白であって証拠能力が認められないものであるから、本件拳銃は不任意自白の派生証拠という位置づけとなる。このことが、本件拳銃の証拠能力を否定することにならないか。
2.(1)前述の通り、319条1項の趣旨が、虚偽排除に求められることからすれば、不任意自白の派生証拠としての本件拳銃が物件である以上、虚偽を介在する可能性はなく、証拠能力を認めるべきであるように思える。
しかし、不任意自白の証拠能力を否定することは、単に誤判を防止するだけではなく、将来における捜査機関による類型的に虚偽の介在するような取調べを抑止することを機能として有している。このことからすれば、派生証拠に虚偽介在の可能性がないとしても直ちに証拠能力を認めることはできず、将来における捜査機関による類型的に虚偽の介在するような取調べを抑止するという観点から排除するのが相当であると解される場合には証拠能力が否定される。他方で、派生証拠の収集手続きについては何らの違法な点がなく、また不任意自白の派生証拠であったとしても証拠物の証拠価値には何らの変化もないのであるから、それに先行する自白の任意性が認められないとして、派生証拠の証拠能力を全て否定するのは妥当でない。そこで、当該犯罪の重大性、不任意自白と派生的証拠との関連性、派生的証拠の重要性、不任意自白獲得の際の捜査官の意図等を総合衡量して、派生証拠の証拠能力を判断するべきである。
(2)ア 犯罪の重大性
本件犯行とは、自動車の助手席に乗った男が、通行人を拳銃で撃って殺害するという事件に関する犯行を指し、その被疑事実は殺人罪である。殺人罪の法定刑は、「死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑」(刑法199条)であることからしても極めて重大な事件であるといえる。このことからすれば、本件拳銃は、重大事件の重要証拠として、できる限り証拠能力を認めるべきである。
イ 関連性
前述の通り、甲は連日の取調べがなされていたにもかかわらず、本件犯行について黙秘を続けていた。そのような中で、前述したKによる約束によって本件自白調書が得られている。本件自白調書には、本件拳銃の場所が「港」であることが示されており、その後の捜索では本件自白調書に基づいて「港」の捜索が行われ、押収されている以上、本件自白調書と本件拳銃の関連性は認められる。さらに、甲が本件犯行について黙秘していること、及び本件自白調書以外に問題文上何らの証拠ないし供述が得られていない以上、本件自白調書が本件拳銃の捜索令状発付に至る唯一の疎明資料であったといえる。このことからすれば、その関連性の程度は極めて密接である。
ウ 捜査官の意図
Kとしては、前述したとおり、何らかの策を講じなければ、甲から本件犯行に関する情報を得ることができない状況であったことに加えて、Kの発言中における約束を除く部分のみでは本件犯行に関する情報を得ることできないと考えたからこそ、あえて、権限がないにもかかわらず不起訴の約束をしている。そうだとすれば、Kの主観としては、「甲をだましてでも自白を得よう、不任意であったとしても構わない」というものであったと推測することができる。
(3)これらのことからすれば、たしかに、本件拳銃は重大事件における重要証拠である以上、的確な事実認定のために証拠能力を認めるべき要請が強いといえるが、本件自白調書との関連性が密接であるだけでなく、その本件自白調書を獲得したKの主観が、手段を選ばずに自白を得ようとするものであることが推測される以上、将来における捜査機関による類型的に虚偽の介在するような取調べを抑止するという観点から排除するのが相当である。
3.以上から、本件拳銃は、証拠とすることができない。
-1-1024x536.png)
-2.jpg)