
1 憲法
第1 設問⑴
本件補助金は、A市が子ども食堂を運営する私的団体に交付するものである。そこで、このような公金の支出が憲法89条後段に反しないか。
1 同条後段は、「公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業」に対する公金の支出等を禁止している。
「慈善」とは、困窮者等の経済的・社会的弱者に対して主として物質的援助を行う事業をいうと解される。子ども食堂は、子どもが一人でも利用できる無料又は低額の食堂であり、少なくともその中心的機能として、経済的困難等を抱える子どもに食事を低額又は無償で提供するものである。
したがって、子ども食堂の運営は「慈善」の事業に当たり得る。
2 もっとも、同条後段は「公の支配に属しない」事業に対する公金支出を禁止しているため、本件各団体が「公の支配」に属するかが問題となる。
同条後段の趣旨は、慈善・教育・博愛の事業は私人の思想、信念等に基づいて行われることが少なくないため、公金による助成を通じた公権力の不当な干渉を防止するとともに、公金の濫費を防止することにある。したがって、「公の支配」に属するというためには、公権力が当該団体の人事や日常的活動を直接支配することまでは必要ではなく、当該事業が公益に沿って行われ、公金が適正に使用されることを確保できる程度の公的監督が及んでいれば足りる(東京高判平成2年1月29日)。
3 確かに、本件各団体はA市の行政組織の一部ではなく、自主的に組織・運営され、A市もその活動を指示したり、人事に関与したりしていない。
しかし、補助金交付を受けるには、事業計画書及び収支予算書を提出し(要綱4条)、事業終了後には事業報告書及び事業収支決算書等を提出する必要がある(同6条)。さらに、市長は必要な報告を求め、書類・帳簿等を検査できる(同7条)。
これらにより、A市は、本件補助金が所定の公益目的のため適正に使用されているかを事前・事後に確認し、不適正な使用があれば是正できる。
したがって、本件補助金の交付対象事業には、公金の適正使用を確保するために必要な公的監督が及んでおり、「公の支配」に属するといえる。
4 よって、本件補助金の交付は89条後段に反しない。
第2 設問⑵
1 要綱8条1号は、補助金の交付を受けて公職の候補者や政党を支持・推薦等する自由を侵害し、21条1項に反しないか。
2 法人その他の団体にも、その性質上可能な限り基本的人権の保障が及び、政治的意見を表明する活動も21条1項により保障され得る。
「表現」とは、思想・意見を外部に表明する一切の行為をいうところ、公職の候補者や政党を支持・推薦し、又は反対する行為は、政治的思想を外部に表明するものであり、「表現」に当たる。したがって、上記自由は21条1項により保障される。
3 要綱8条1号は、補助団体が「特定の公職の候補者若しくは公職にある者又は政党を推薦し、支持し、又はこれらに反対すること」を禁止しており、上記自由を制約する。
政治的表現活動は民主政の過程に直接関わる重要なものである。他方、表現の自由は自由権であり、補助金を受けなくとも政治的表現自体は可能であるため、制約はないとも思える(侵害・給付二元論)。もっとも、公的給付を行う義務がない場合でも、給付の条件として憲法上保障された自由を放棄させることが当然に許されるわけではないため、制約は肯定すべきである。ただし、補助金を受けずに政治的表現を行うことは可能であり、その制約は間接的である。
4 以上から、重大な自由が重大に制約されているため、憲法適合性は慎重に判断すべきであり、目的が重要で、手段が実質的関連性を有しない限り違憲となる。
5 A市の目的は、補助団体が候補者等を支援することで、A市自身もその候補者等を支援しているとの誤解を与え、子ども食堂利用者の保護者の投票意思に影響を与えることを防止することにある。これは行政の政治的中立性を確保する観点から重要である。
そして、補助団体による候補者等の推薦・支持等を禁止すれば、市民の誤解を防止できるため、目的との関連性は認められる。もっとも、本件補助金を政治活動に使用することや、子ども食堂の活動場所における政治活動のみを制限するなど、政治的表現に対する制約のより小さい方法によっても目的を十分達成できる。そのため、必要性を欠き、手段は目的との実質的関連性を有しない。
6 よって、要綱8条1号は上記自由を侵害し、21条1項に反して違憲である。
第3 設問⑶
1 B寺に本件補助金を交付することが、政教分離原則を定める20条3項及び89条前段に反しないか。
2 B寺は宗教法人であるため「宗教上の組織」(89条前段)に当たる。
3 20条3項・89条前段の趣旨は、国家の宗教的中立性を確保することにある。もっとも、国家と宗教との完全な分離は現実には困難である。そこで、我が国の社会的・文化的条件に照らし、国家と宗教との関わり合いが相当とされる限度を超える場合には「宗教的活動」に当たると解する。その判断に当たっては、行為の外形だけでなく、場所、一般人の宗教的評価、行為者の意図・目的、一般人に与える効果・影響等を考慮して客観的に判断する(空知太事件参照)。
4 B寺は宗教法人であるが、子ども食堂はB寺の敷地内にある一般的な集会施設と変わらない施設で実施され、活動自体も子どもに低額又は無料で食事を提供する世俗的な社会福祉活動としての性格が強い。
また、本件補助金は、物価高騰による運営費・食材費の不足を背景に、子どもの貧困対策や子育て支援政策の一環として設けられたものである。B寺のみならず、キリスト教の教会等の宗教法人も同様に交付対象とされる予定であるから、A市がB寺の宗教活動を援助する目的で設けたものではなく、宗教団体であることを理由に特別な経済的利益を与えるものでもない。
さらに、本件補助金は宗教行事や布教活動ではなく子ども食堂の運営に対して交付されるため、一般人からみても、A市が宗教的行為を行っていると評価されるとはいい難い。
以上を総合すれば、本件補助金の交付は国家と宗教との関わり合いが相当とされる限度にとどまり、「宗教的活動」とはいえない。
5 よって、本件補助金の交付は20条3項及び89条前段に反せず、合憲である。
(2561字)
2 行政法
第1 設問1
1 Eに原告適格(行訴法9条1項)が認められるか。
「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を一般的公益に吸収・解消させず、個々人の個別的利益としても保護する趣旨である場合、当該利益も法律上保護された利益に当たる。処分の名宛人以外については同条2項に従い判断する。
2 Eは本件都市計画道路の整備による騒音等により著しい健康被害を直接受けると主張することが考えられる。
本件認可を定める都市計画法59条1項について、同法61条1号は「事業の内容が都市計画に適合」することを認可要件とする。また、都市計画の決定について法17条2項は意見書の提出を認め、同法1条は「公共の福祉の増進」を目的とする。さらに、同法13条1項は都市の特質及び自然的環境等を考慮することを要求し、同項11号は都市施設について「円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように」定めるものとする。
これらから、同法は都市計画事業の円滑な実施という公益のみならず、周辺住民が平穏かつ健康な生活を害されない利益も保護する趣旨と解される。
そして、道路騒音による健康被害は、事後的な金銭賠償のみでは十分な回復が困難であり、道路に近接するほど被害が大きくなり得るため、その範囲を一定程度特定できる。したがって、著しい健康被害を直接受けるおそれのある周辺住民の健康上の利益を個別的利益としても保護する趣旨と解される。
3 Eの土地建物は事業地外であるが、本件道路と国道との交差点から北西約10メートルに位置し、専門業者の調査により、双方の道路からの騒音が環境基準を超過することが具体的に予測されている。
よって、Eは著しい健康被害を直接受けるおそれがあり、本件認可の取消しを求める原告適格を有する。
第2 設問2
本件認可の前提となる本件都市計画決定が違法であるか。
1 都市計画法13条1項11号は、都市施設について、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案し、「適切な規模で必要な位置に配置」するなど抽象的な要件を定めている。また、都市計画の決定には、専門的・技術的判断に加え、競合する諸利益を調整する政策的判断を要する。したがって、行政庁には裁量が認められる。
もっとも、周辺住民の生活環境を侵害するおそれもあるため、その裁量は無制約ではない。そこで、判断過程を考慮し、その判断内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠く場合には、裁量権の逸脱・濫用として違法となる。
2 Dについて
DはC地区に70年以上居住し、本件道路により土地建物が収用対象となる。また、同地区には歴史ある街道や寺社が点在する。同法13条1項及び同項11号が都市の特質を考慮し良好な都市環境を保持することを要求する以上、これらは考慮すべき事情である。
もっとも、本件審議会では、本件道路が医療センターと国道を結ぶ最短の線形で、救急搬送時間の短縮等によりアクセスが向上すること、C地区を迂回すれば工事区間が長くなり、収用対象となる土地建物も増加することが考慮されている。これらは道路の位置決定上合理的な事情である。
また、C地区には歴史的建造物があるものの、文化財保護法等の保存区域には指定されておらず、不利益が著しく重大とまではいえない。
したがって、C地区の歴史的・生活環境を考慮していないとはいえず、裁量権の逸脱・濫用はない。
3 Eについて
Eの居住地付近では、本件国道及び本件道路双方からの騒音が環境基準を超過することが専門業者の調査により具体的に予測されている。Eは、B市がこの騒音被害を不当に軽視したとして裁量権の逸脱・濫用を主張することが考えられる。
これに対し、B市は、騒音被害を全く考慮しなかったわけではないと反論する。
しかし、専門業者の調査により環境基準超過が具体的に予測され、さらに防音壁を設置すれば昼夜とも環境基準を超えないことも判明している。それにもかかわらず、B市は基準を超過する状態で供用を開始し、現実に騒音が発生した後に対策することを予定している。
したがって、本件都市計画決定は、考慮すべき重要な事情を十分に考慮せず、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものとして、裁量権を逸脱・濫用した違法がある。
第3 設問3
1 Dが主張する精神的損失は土地収用法88条の「通常受ける損失」に含まれるか。
損失補償は、適法な公権力の行使によって特定の者に一般的な受忍限度を超える特別の犠牲が生じた場合に、財産権保障(憲法29条1項)及び公平負担(14条1項)の見地から財産的損失を填補する制度である。
したがって、「通常受ける損失」とは、土地収用によって社会通念上通常生じる財産的損失をいう。
2 DはC地区の土地建物に70年以上居住しており、高齢による体力低下等もあるため、住み慣れた地域を離れて移住することで相当程度の精神的苦痛を受けることは想定できる。
しかし、その程度は土地への愛着、家族関係、年齢、健康状態等の個人的事情によって大きく左右される。そのため、土地収用によって社会通念上通常生じる財産的損失とはいえず、「通常受ける損失」には当たらない。
3 よって、Dの主張は認められない。
(2680字)
3 民法
第1 設問1⑴
1 AはDに対し、保証契約に基づく保証債務の履行を請求できるか。
かかる請求には、①主債務の存在、②保証契約の締結(民法446条1項)、③要式性(同条2項)、④保証人の死亡、⑤Dによる相続が必要である。
AB間で契約①が締結され主債務が存在し、AC間では契約②が「書面」により締結されている。また、保証人Cが死亡し(882条)、子DがCを単独相続している(887条1項)。Dは単純承認したものとみなされ、Cの権利義務を包括的に承継する(896条)。
したがって、Aの請求は認められるのが原則である。
2 もっとも、896条ただし書は「被相続人の一身に専属したもの」を相続対象から除外するため、本件保証債務がこれに当たらないか。
一身専属的な債務とは、債務者の個人的な資質、能力等に着目して給付内容が定められ、その者による履行が不可欠な債務をいう。
契約②の締結には、Cが果樹栽培用ビニールハウスを施工する能力・経験を有することが考慮されていた。しかし、Aが必要とするのは契約①に従った本件ハウスの完成であり、C自身が施工すべき旨の合意もない。
したがって、C自身の履行が不可欠とはいえず、保証債務は一身専属的ではないから、Dに承継される。
3 もっとも、Cの施工能力等が考慮されていた以上、IT企業に勤務し施工能力等を有しないD自身に施工させることまで契約②の内容とは解し難い。
他方、保証債務は主債務の履行確保を目的とし、本件ハウスは必要な能力を有する第三者も施工できる。
よって、AはD自身による施工は請求できないが、適切な施工業者を用いるなどして本件ハウスを完成させるよう請求できる。
第2 設問1⑵
1 AはDに対し、保証債務の履行として200万円を請求できるか。
契約①が詐欺により取り消されると、初めから無効であったものとみなされ(96条1項、121条)、BはAから受領した200万円について原状回復義務を負う(121条の2第1項)。そこで、この義務に契約②の保証が及ぶか。
2 保証債務は主債務に附従するため、契約①の取消しによりBの請負契約上の債務が遡及的に消滅すれば、保証債務も消滅し、新たに発生する原状回復義務には保証責任が及ばないとも考えられる。
もっとも、保証契約の解釈上、主たる契約が取り消された場合の原状回復義務まで保証対象としている場合、保証人はその責任を負い得る(447条1項)。
3 契約②は、契約①に基づくBのAに対する債務をCが連帯保証するものである。Cは契約②締結時、Bが資金繰りに窮し、前払金200万円を借入金返済に充てる目的であることに気付いていた。
そうすると、CはBによる契約①の履行が困難となり、前払金返還を要する事態を認識した上で保証したといえる。したがって、契約②は、契約①の取消しによる200万円の原状回復義務も保証する趣旨を含むと解される。
そして、金銭債務は一身専属的ではないからDに相続される。
4 よって、AのDに対する200万円の請求は認められる。
第3 設問2
1 FはHに対し、契約③に基づく地役権を理由とする妨害排除請求として、本件通路部分を塞ぐフェンスの撤去を請求できるか。
これには、①Fが地役権を有すること、②Hがその行使を妨害していることが必要である。
Aは、甲土地を要役地、E所有の乙土地を承役地とし、乙土地を自動車で通行する地役権設定契約③をEと締結した(280条)。その後、Aが甲土地をFに売却したことで(555条、176条)、従たる権利である地役権もFに移転した(281条1項)。Hは乙土地上の本件通路部分にフェンスを設置し、その行使を妨害している。
したがって、Fの請求は認められるのが原則である。
2 これに対し、Hは、地役権が未登記でありFはHに対抗できないと反論する。
177条の「第三者」とは、当事者及び包括承継人以外の者で、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいう。
もっとも、承役地上に通路が開設され、その通路が継続的に利用されていることが客観的に明らかで、承役地の譲受人がこれを認識し又は認識可能であった場合、譲受人は、特段の事情がない限り、地役権設定登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらない(判例)。
3 Hは契約⑤締結時、本件通路部分の存在及びFが自動車で通行していることを認識し、Gに地役権の有無を確認していた。また、Hは建設業を営み、乙土地に複数の工事用車両を駐車しようとしていたから、Fが本件通路部分を利用できるかは乙土地の利用上重要であった。
したがって、本件通路部分の継続的利用は客観的に明らかであり、Hもこれを認識し、地役権の存在を容易に調査できた。
よって、Hは177条の「第三者」に当たらず、Fは未登記の地役権をHに対抗できる。
4 以上より、FはHに対してフェンスの撤去を請求できる。
(2590字)
4 商法
第1 設問1
1 Iは、本件各質問に対し取締役が必要な説明をしなかったことが会社法314条に違反し、「株主総会等の決議の方法が法令…に違反」する(831条1項1号)として、本件決議の取消しを請求することが考えられる。
2 314条の「必要な説明」をしたかは、平均的株主が株主総会の目的事項について合理的判断をするため客観的に必要な範囲の説明がされたかによって判断する。
3 質問⑴
質問⑴は本件各取引を行った理由を尋ねるもので、規則71条の拒否事由には該当しない。
本件各取引は、甲社と、甲社代表取締役Bが代表取締役を務める乙社との取引であり、甲社に不利益が生じていれば、Bの取締役としての適格性を判断する重要な事情となる。
これに対しAは、甲社の遊休地を不動産業者である乙社に売却し、その代金を事業拡大に用いて資本効率を高める目的で取引した旨を回答した。これにより、単に乙社に利益を与えるためではなく、遊休資産を処分し事業活動に資金を振り向ける経営上の目的を理解できる。
したがって、合理的判断に必要な説明がされており、314条違反はない。
4 質問⑵
質問⑵は利益相反取引の具体的な代金額や取引経緯を尋ねるものである。利益相反取引は会社に損害を与えれば任務懈怠責任を構成し得るため(423条3項)、取締役の適格性を判断するために必要な事項であるが、甲社は明確に回答していない。
もっとも、規則71条1号は、説明に調査が必要な事項について相当期間前の通知がない場合、説明を拒む正当な理由を認める。ただし、調査が著しく容易な場合を除く。
本件各取引の価格交渉の内容や相見積りの有無には、契約書や交渉記録等の確認が必要である。Iは事前通知をしておらず、調査が著しく容易との事情もない。
よって、同号の拒否事由があり、説明義務違反はない。
5 質問⑶
質問⑶は、乙社が甲社から取得した不動産を第三者へ転売した際の代金額を尋ねるものである。
転売価格は甲社から乙社への売却価格の適正性を推認させ、役員の適格性にも関わるため、説明義務の対象となり得る。
もっとも、乙社による転売の事実や価格は他社の企業秘密であり、「その他の…権利を侵害することとなる場合」(規則71条2号)に当たり得る。また、取引は数十件に及び、乙社の取引事実・価格については調査が必要で、その調査が著しく容易ともいえない(同条1号)。さらに、Iは同様の説明を求めており、「実質的に同一の事項について繰り返し説明を求める場合」(同条3号)にも当たる。
したがって、規則71条所定の拒否事由があり、説明義務違反はない。
6 よって、Iの主張はいずれも認められない。
第2 設問2⑴
1 Iによる本件訴えが適法か。
株主代表訴訟には、原則として6か月前から引き続き株式を有する株主が会社に取締役の責任追及の訴えを提起するよう請求し、その日から60日以内に会社が提訴しないことを要する(847条1項、3項)。監査役設置会社が取締役に対する責任追及等の訴えについて同条1項の請求を受ける場合、監査役が会社を代表する(386条2項1号)。
したがって、本件提訴請求は原則として監査役にすべきである。
2 もっとも、Iは提訴請求書を代表取締役A宛てに送付している。
386条2項1号の趣旨は、取締役から独立した監査役に提訴の要否を判断させる点にある。そこで、形式的な宛名が監査役でなくとも、監査役に提訴請求書が交付され、その内容を認識し判断する機会が与えられれば、847条1項の請求として有効と解する。
本件では、Aは請求書を監査役Fに交付して対応を求めており、Fには内容を認識し、Aらへの責任追及訴訟を提起するか判断する機会が与えられた。
したがって、提訴請求は適法である。
3 もっとも、甲社株式は振替株式である。振替株式について少数株主権等を行使するには、原則として個別株主通知後4週間が経過する日までに権利を行使しなければならない(振替法154条2項・3項、政令40条)。
Iは令和8年2月2日に個別株主通知を申し出、その後同月14日に提訴請求書がFに交付されたから、4週間の期間内である。
よって、その他847条所定の要件を満たす限り、本件訴えは適法である。
第3 設問2⑵
1 甲社がAら被告取締役を補助するため、本件株主代表訴訟に補助参加する場合、誰が甲社を代表するか。
株主代表訴訟は、株主が会社に代わり取締役の会社に対する責任を追及する訴訟であるが、当事者は株主と取締役であり、会社自体は当事者ではない。そのため353条又は364条が当然に適用されず、原則どおり代表取締役が会社を代表する(349条4項)。
2 もっとも、監査役設置会社が取締役を補助するため株主代表訴訟に参加するには、各監査役の同意を要する(849条3項1号)。甲社にはF、G及びHの3名の監査役がいるから、全員の同意が必要である。
3 よって、甲社は代表取締役が補助参加の手続を行い、その際、F、G及びH全員の同意を得なければならない。
(2550字)
5 民事訴訟法
第1 設問1について
1 事物管轄
本件は売買残代金150万円の支払を求める訴えであるから、訴訟の目的の価額は150万円である。裁判所法33条1項1号は「訴訟の目的の価額が140万円を超えない請求」を簡易裁判所の管轄としているところ、本件はこれを超えるため、簡易裁判所ではなく地方裁判所が事物管轄を有する。
2 土地管轄
土地管轄については、普通裁判籍(民訴法4条)と特別裁判籍(5条以下)がそれぞれ問題となる。
まず普通裁判籍について、被告Y社は法人であるから、その主たる事務所又は営業所の所在地、すなわち本店所在地が裁判籍となる(4条1項・4項)。本件では、Y社の本店は乙市にあるため、乙地方裁判所に普通裁判籍が認められる。
次に特別裁判籍について、財産権上の訴えは「義務履行地」の裁判所にも提起できる(5条1号)。本件債務は金銭債務であり特定物の引渡債務ではないから、民法484条1項後段により、義務履行地は債権者Xの現在の住所地となる。そして、Xの住所は甲市であるから、甲地方裁判所にも特別裁判籍が認められる。
3 以上より、本件訴訟について法定管轄を有するのは、甲地方裁判所及び乙地方裁判所の2庁である。
第2 設問2について
1 判例の立場とその理由
判例は、訴訟係属中に第三者を被告として追加する主観的追加的併合を認めていない。その理由としては、①新訴において旧訴の訴訟状態を当然に承継・利用できる保障がなく訴訟経済に資するとは限らないこと、②審理の複雑化を招くおそれがあること、③軽率な提訴や濫訴を誘発するおそれがあること、④訴訟の遅延を招くおそれがあることが挙げられている。そのうえで判例は、これに代わる手段として、別訴を提起したうえで132条の弁論の併合を求めることを示唆している。
2 弁論の併合
そこで、XはZに対して別訴(売買契約に基づく代金支払請求訴訟)を提起し、両訴訟につき132条の弁論の併合を裁判所に促すことが考えられる。
しかし、弁論の併合を命じるか否かは専ら裁判所の訴訟指揮権に属する裁量的判断であり(132条参照)、当事者の申立てによって併合が義務付けられるものではない。また、一旦併合されたとしても、その後裁判所が裁量により弁論を分離することも妨げられない。したがって、この方法によっては、下線部㋐の併合審理が制度的に保障されているとはいえない。
3 同時審判申出共同訴訟の可否
次に、Xは同時審判申出訴訟を提起することが考えられる。
同時審判申出共同訴訟(41条)にいう「法律上併存し得ない関係」とは、一方の請求を理由あらしめる事実(請求原因事実)が、他方の請求について法律上の障害事由(抗弁事実)として機能する関係、すなわち一方が認められれば他方が論理必然的に排斥される関係を意味すると解する。
本件で争点となっているのは、本件鉄材の買主がY社かZかという事実認定上の対立にすぎない。X・Y社間の売買契約締結という請求原因事実は、X・Z間の売買契約締結という(Zに対する請求の)請求原因事実の存在を否定する間接事実として機能するにとどまり、Zに対する請求について法律上の抗弁事実を構成するものではない。したがって、両請求は事実上両立し得ないというにすぎず、「法律上併存し得ない関係」には当たらない。
よって、同時審判申出共同訴訟の申出をすることはできない。
4 以上より、XとしてはZに対しても別訴を提起した上で弁論の併合を促すしかない。
第3 設問3について
1 民事訴訟においては、裁判の基礎となる事実及び証拠の収集・提出を当事者の権能かつ責任とする弁論主義が採用されている。その内容の一つとして、裁判所は当事者の主張しない事実を判決の基礎とすることができないという原則(弁論主義第1テーゼ)があり、ここでいう「事実」には、権利の発生・変更・消滅という法律効果を直接基礎付ける主要事実が含まれる。具体的には請求原因、抗弁、再抗弁を構成する場合には主要事実にあたる。
2 仮にY社及びZが本件鉄材を共同で買い受けたという事実が認定される場合、両名の代金支払債務は、その給付内容が性質上可分であることから、民法427条により分割債務となる。そうすると、Y社が負う支払義務は代金150万円の2分の1である75万円に限定されることになる。
このように、共同買受けの事実は、Xが主張する150万円全額の売買契約締結の事実という請求原因事実が認められることを前提としつつ、Y社の債務の範囲を150万円から75万円へと減縮させる事実である。したがって、本件訴訟における抗弁を構成するといえ、主要事実に当たる。よって、共同買受けの事実についても弁論主義第1テーゼが適用される。
本件で、Xは請求原因事実として、Xが単独でY社との間で代金300万円の売買契約を締結した旨(㋐)を主張している。これに対し、Yは、買主はY社ではなくZである旨(㋑)を主張して㋐を否認しており、当事者双方とも共同買受けの事実を主張しているとはいえない。
以上からすれば、弁論主義の第1テーゼにより、裁判所は共同買受けの事実を判決の基礎とすることはできないのが原則である。
3⑴もっとも、弁論主義の趣旨が当事者の私的自治を訴訟手続に反映させる点にあり、その中核的機能が不意打ち防止にあることに鑑みれば、主張事実と認定事実との間に多少の食い違いがあっても、社会通念上同一性が認められる限り、これを判決の基礎とすることも弁論主義に反しないと解する。
⑵ Xの㋐とY社の㋑は、X又はZのいずれか一方のみが買主であることを前提とする、相互に排他的な事実である。これに対し、共同買受けは、XとZの双方が買主として売買契約を締結したという事実であり、㋐又は㋑の一部を単純に認定するものではなく、両者とは異なる契約関係を認定するものである。
また、Y社が㋑を主張した趣旨は、Xが買主であることを否定してXの請求を全面的に排斥することにあり、XとZが共同買主であることを認め、自らXに対して代金150万円のうち75万円の支払義務を負うことまで主張したものとはいえない。共同買受けを前提とすれば、Y社としては、XとZとの関係や代金負担の割合等について、㋑とは異なる攻撃防御を行う必要も生じ得る。以上からすれば、認定事実が主張事実と社会通念上同一性が認められるとはいえない。
4 よって、裁判所が上記事実を判決の基礎とすることは、弁論主義第1テーゼに反し、許されない。
(2635字)
6 刑法
第1 設問1
1 甲の罪責
Aの心臓付近を刺した行為に殺人罪(199条)が成立するか。
⑴ 甲は、Aが瀕死であると誤信し、とどめを刺す目的で、既に死亡していたAの心臓付近を包丁で突き刺している。客体が既に死亡していたため結果発生は不可能であり、不能犯との区別が問題となる。
未遂犯は結果発生の危険性を有する行為を処罰するものであるから、その危険性は、行為時に一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎に、一般人の視点から結果発生の危険性があったかにより判断する。
⑵ 本件行為は午前2時20分頃、照明の消えた寝室で行われ、街灯の光しかなく、Aの生死を明確に判別できる状況ではなかった。乙はAの死亡に気付いたが、看護師としての専門的知識に基づく判断であり、一般人が認識し得たとはいえない。また、Aの体温も失われきっておらず、甲もAが死亡しているとは認識していなかった。
したがって、一般人からみれば、瀕死のAの心臓付近を包丁で刺す行為には死亡結果発生の危険性があり、不能犯ではなく「実行に着手」したといえる(43条本文)。もっとも、Aは既に死亡していたため因果関係はないが、甲には殺意がある。
よって、殺人未遂罪(203条、199条)が成立する。
2 乙の罪責
⑴ 乙は看護師としてAが既に死亡していることを確信していた。この事情を基礎とすれば、死体への加害行為に死亡結果発生の危険性はなく、殺人未遂罪は成立しない。他方、Aの死体をナイフで刺し心臓の一部を切断しており、死体損壊罪(190条)が成立する。
⑵ では、同罪について甲との共同正犯(60条)が成立するか。「共同して犯罪を実行した」といえるには、①共謀と②共謀に基づく実行行為が必要である。共謀とは、犯罪の故意及び正犯意思を前提とした共同実行の合意をいう。
甲は乙にA殺害への関与を依頼し、乙も承諾しており、両者には殺人罪の故意がある。また、両者にはAに対する個人的動機があり、自己の犯罪として実現する意思もある。よって、殺人罪の共謀が認められる。
もっとも、この共謀が予定されていなかった死体損壊行為にまで及ぶか。共同正犯の処罰根拠は犯罪結果への因果性にあるから、共謀の射程は心理的因果性が後続行為に及ぶかにより判断する。
甲の刺突と乙の死体損壊は、同一のAに対し、殺害目的で準備した刃物を突き刺す点で類似する。また、乙はAの死亡に気付いた後も、甲のAに対する恨みを晴らすという当初の計画を全うするため行為しており、犯意の連続性もある。よって、殺人罪の共謀の効果は死体損壊行為にも及ぶ。
⑶ もっとも、甲は殺人、乙は死体損壊の故意を有する。各行為者の故意が異なる場合、構成要件的に重なり合う限度で共同正犯を認めるべきである。しかし、殺人罪は人の生命を、死体損壊罪は死者に対する社会的敬虔感情等を保護法益とし、構成要件的重なり合いがない。
したがって、死体損壊罪の共同正犯は成立せず、乙に単独で同罪が成立する。
第2 設問2
1 Aの死体から腕時計を取った行為
甲がAの死体から腕時計を領得した行為に窃盗罪(235条)が成立するか。
死者には占有を観念できない。もっとも、被害者を死亡させた者自身が、その死亡に引き続いて財物を領得した場合、致死行為と領得行為を一連のものとして全体的に観察し、生前の占有をなお保護できる。他方、致死行為に関与していない第三者については、このような生前の占有の要保護性を観念できない。
甲はAを死亡させた者ではなく、殺人未遂罪が成立するにとどまるから、Aの生前の占有を保護できず、窃盗罪は成立しない。
もっとも、腕時計はAの死亡により占有を離れた他人の物であり、不法領得の意思で自己の占有に移した甲には占有離脱物横領罪(254条)が成立する。
2 乙を一酸化炭素中毒死させた行為
甲は殺意をもって密閉した車両内に一酸化炭素ガスを充満させ乙を死亡させており、実行行為、結果及び因果関係が認められるから、殺人罪(199条)が成立する。
なお、犯行発覚防止目的であっても、犯人隠避罪(103条)及び証拠隠滅罪(104条)は自己隠避・自己証拠隠滅を処罰しないため成立しない。
3 乙の死体から腕時計を取った行為
甲は乙を殺害した約1時間後、同じ車両内で乙の腕時計を領得した。致死行為との時間的・場所的近接性があり、その間に占有状況を変化させる事情もない。
したがって、両行為は一連のものと評価でき、乙の生前の占有が保護されるため、故意及び不法領得の意思を有する甲に窃盗罪が成立する。
4 Aの死体を山林に埋めた行為
甲がAの死体を山林の穴に落とし、その上から土をかけて埋めた行為には、死体遺棄罪(190条)が成立する。
5 乙の死体からネックレスを取った行為
甲は乙を殺害した約26時間後、約50km離れた場所で、乙の死体からネックレスを領得している。
時間的・場所的近接性は一連性を判断する一資料にすぎず、①意思の連続性を断つ事情の有無、②時間的間隔、③占有状況の変化等を総合して判断すべきである。
本件では、致死行為から領得行為までに死体損壊等の意思の連続性を断つ事情はない。また、約26時間も同一の機会内と評価できないほど長大とはいえない。さらに、乙の死体は一貫して甲の管理する車両内にあり、占有をめぐる客観的状況にも変化がない。
したがって、致死行為と領得行為は一連のものと評価でき、乙の生前の占有が保護される。よって、故意及び不法領得の意思を有する甲には窃盗罪が成立する。
6 乙の死体を池に投棄した行為
甲が乙の死体を池に投棄した行為には、死体遺棄罪(190条)が成立する。
7 罪数
以上の各罪(殺人未遂罪・占有離脱物横領罪・死体遺棄罪〔A関係〕、殺人罪・窃盗罪2件・死体遺棄罪〔乙関係〕)は、別個の行為により別個の法益を侵害するため、併合罪(45条前段)の関係に立つ。
(2590字)
7 刑事訴訟法
第1 捜査①の適法性
1 「強制の処分」該当性
捜査①について刑事訴訟法上の明文規定はないから、「強制の処分」(刑訴法197条1項ただし書)に当たるとすれば、これを行うには特別の根拠規定が必要となる。
強制処分法定主義の趣旨は、恣意的な捜査によって個人の重要な権利利益が侵害されることを防ぐ点にある。そこで、「強制の処分」とは、相手方の明示又は黙示の意思に反し、重要な権利利益を侵害する処分をいうと解する。
⑴ 本件では、ボイスレコーダーによって甲の声を録取することについて、甲の明示的な承諾はない。また、甲としては、自身の声が録取されると知っていれば、質問への応答を拒んだり、沈黙を選んだりすることも考えられるから、捜査①は甲の合理的に推認される黙示の意思にも反するものと評価できる。
⑵ 甲の声を録取した場所は甲の自宅であり、自宅は一般にプライバシーの利益が強く及ぶ場所であるから、この点だけをみれば重要な権利利益の侵害があるようにも見える。
しかし、本件の録音は、甲が自宅で行われている捜索に応じている過程で生じたものにすぎず、そこで録取された内容も、人定事項の確認や立会人となることへの応答といった、捜索差押手続に付随する定型的なやり取りであって、私的な会話などが録取される可能性はきわめて低い。個人を識別するための事項それ自体は、みだりに他者に知られたくないとまでの高い秘匿性を有する情報とはいえないと解されており(住基ネット事件判例等)、本件で録取された事項もこれと同様に評価できる。また、録音の対象は甲の声のみであって会話の実質的内容にまで及ぶものではなく、その時間も捜索に付随する限られたものにとどまる。よって、甲の侵害されたプライバシーの要保護性は一定程度低下しており、重大な利益とまではいえない。
したがって、捜査①は重大な利益が実質的に侵害したとまでは評価できない。
⑶ 以上より、捜査①は「強制の処分」には当たらない。
2 もっとも、任意処分であっても、捜査比例の原則(197条1項)から無制約に許されるものではなく、当該捜査の必要性・緊急性を考慮した上で、具体的状況の下で相当と認められる限度でのみ許容される。
⑴ 被害害者Vと通話した相手のSNSアカウントには、甲の氏名・生年月日・住所が登録されており、この事実からは、甲が本件詐欺事件に関与している可能性が相当高いことがうかがわれる。もっとも、本件詐欺事件は、SNSを通じて知り合った相手から投資名目で1000万円もの現金をだまし取るという、悪質かつ重大な犯罪である。加えて、SNSは匿名性が高く、被害者側から加害者を直接特定することが困難な性質を有する犯罪類型でもある。また、この時点で甲の犯人性を直接裏付ける証拠は乏しく、Vが保存していた犯人との通話音声と、甲自身の声とを声紋によって対照することができれば、初めて甲の犯人性を強く推認させる有力な証拠となる。したがって、甲の音声を採取するという捜査手法を採用する必要性は高いといえる。
また、音声という証拠は、その場で採取・保存しなければ後日改めて取得することが困難な性質のものであるから、緊急にこれを確保する必要性も認められる。
⑵ 前記1⑵で述べたとおり、捜査①によって生じるのは重大なプライバシーの侵害ではない。これに対し、上記のとおり甲の音声を取得する必要性・緊急性は高いから、両者を衡量すれば、要保護性の高くない利益の制約にとどまる本件においては、具体的状況の下で相当な捜査方法であったと評価できる。
3 よって、捜査①は任意捜査の限界を超えるものではなく、適法である。
第2 捜査②の適法性
1 「強制の処分」該当性
⑴ 乙は、小型録音機によって自らの会話が録音されることについて明示的な承諾をしていない。また、乙が、自らのリュックサックに録音機が取り付けられ、これによって会話が録音されていることを知っていれば、当然にこれを拒んだであろうと考えるのが合理的であるから、捜査②は乙の合理的に推認される黙示の意思にも反するものといえる。
⑵ リュックサックは、通常、屋内に持ち込まれるものであるから、これに小型録音機を取り付けて録音を継続すれば、住居内における私的な会話や生活音まで広く録取されてしまう可能性が高い。憲法35条1項は、住居について侵入、捜索及び押収を受けない権利を保障しているところ、住居内における会話の内容をみだりに聞かれないというプライバシー利益にも、同条の保障が及ぶと解すべきである。
そして、捜査②による録音は、午後7時頃から翌午前3時頃までの約8時間という長時間にわたり、乙の私的領域における会話等を継続的・網羅的に録取するものであって、対象者の私生活の相当部分を機械的に把握し得る、極めて強度な私的領域への「侵入」(憲法35条)であると評価できる(GPS捜査事件判決参照)。
⑶ 以上より、捜査②は、乙の重要な利益を実質的に侵害するものとして、「強制の処分」に該当する。
2 捜査②が「強制の処分」に当たる以上、これを適法に行うには刑事訴訟法上の「特別の定」が必要となる。そこで、捜査②が「検証」(218条1項)として許容されるか。
「検証」とは、五官の作用によって対象物の存否・性質・状態等を認識し、これを保全する強制処分をいう。捜査②は、捜査機関が聴覚の作用によって対象者の会話内容を認識・保全するものであるから、性質上は「検証」に該当するとも思える。
しかし、仮に検証許可状の発付を受けた上で、本件のように小型録音機を対象者の所持品に取り付けて録音を行う手法を行うとしても、録音機が取り付けられた空間において継続的・網羅的な録音が行われることは避けられず、被疑事実と関係のない第三者の会話内容等までもが無差別に録取されることを抑制する仕組みを備えていない。これでは、対象・範囲を特定した審査を通じて捜査の適正を担保しようとする令状主義の要請(憲法35条1項、218条1項)を満たすことができない。
さらに、この種の録音捜査は、対象者に察知されないまま秘密裏に実施されなければおよそ意味をなさない手法であるから、通常の検証において要求される令状の事前呈示(222条1項、110条参照)を行うことは、その性質上想定し得ない。
以上のような固有の問題性に鑑みると、捜査②は、既存の「検証」の規律の枠内で適法に行い得る性質のものを超えた「強制の処分」であるというべきであり、これを規律する特別の法律上の定めがあるとはいえない。
3 したがって、捜査②は、令状主義ではなく強制処分法定主義に反して違法である。
(2697字)
8 民事実務基礎
第1 設問1
1 小問⑴
A・Y間の金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求権
2 小問⑵
被告は、原告に対し、200万円を支払え。
3 小問⑶
請求を理由づける事実は、以下のとおりである。
① Aは、令和6年12月1日、Yに対し、弁済期を令和7年12月1日として、200万円を貸し付けた。
② 令和7年12月1日は到来した。
③ Aは、令和7年2月1日、Xに対し、①の貸金債権を代金150万円で売った。
4 小問⑷
Pが検討すべき民事保全命令は、本件債権を被保全権利として、Y所有の自宅建物を目的とする不動産仮差押命令である(民事保全法20条1項、47条)。
仮差押えをしない場合、本案訴訟中にYが唯一のめぼしい資産である自宅建物を第三者に譲渡し、又は担保に供することにより、Xが勝訴判決を得ても責任財産が失われ、債権回収が不能又は著しく困難となるおそれがある。
これに対し、仮差押えの執行がされれば、その後にYがした処分はXに対抗できないという処分禁止効が生じる。そのため、Xは本案勝訴後、仮差押えを本執行に移行し、自宅建物から債権の満足を得ることができる。
5 小問⑸
保全命令は、被保全権利及び保全の必要性について疎明で足り(同法13条2項)、債務者の審尋を経ずに発令されることもある暫定的な裁判である。そのため、後に正式な訴訟手続によって被保全権利が存在しないことが判明するなどして、違法・不当な保全命令及びその執行により債務者が損害を被るおそれがある。
そこで、保全手続による担保は、不当な保全命令によって債務者が取得する損害賠償請求権を担保して債務者を保護するとともに、不当な保全申立ての濫用を防止することを目的とするために必要とされている(同法4条1項、14条1項)。
第2 設問2
1 小問⑴
債務者対抗要件の抗弁として、Yは、「AのXに対する本件債権の譲渡について、AがYに通知し、又はYが承諾するまで、YはXを債権者と認めない。」と主張する。
債権譲渡は、譲渡人から債務者への通知又は債務者の承諾がなければ、債務者に対抗することができないからである(民法467条1項)。
2 小問⑵
債務者対抗要件の抗弁は権利抗弁であり、これに対しては、譲渡人Aが債務者Yに債権譲渡を通知したことが再抗弁となる(467条1項)。
本件では、Y自身が、Aから本件債権をXに売却した旨の内容証明郵便が令和7年2月2日に到達したことを認めている。
したがって、YがAからの電話を受けたことや債権譲渡を承諾したことを否定しても、AからYへの通知によって債務者対抗要件が具備されていることが明らかである。
そのため、債務者対抗要件の抗弁を主張しても再抗弁によって直ちに覆されるため、Qはこれを主張しない旨陳述したと考えられる。
3 小問⑶
Yが抗弁として主張すべき具体的事実は、以下のとおりである。
① Cは、令和7年2月1日、Bに対し、Aのためにすることを示して、本件債権を代金120万円で売った。
② Aは、令和7年1月15日、Cに対し、①に先立ち、本件債権を120万円で売る代理権を授与した。
③ Aは、Yに対し、令和7年2月2日到達の内容証明郵便により、①の債権譲渡を通知した。
第3 設問3
1 小問⑴
① Cは、Bとの本件債権売買契約締結の際、その代金を自らの借金の返済に充てて自己の利益を図る目的を有していた。
② Bは、同契約締結の際、Cが①の目的を有していたことを知っていた。
2 小問⑵
Aは、令和7年2月1日、Yに対し、AからXへの本件債権譲渡を内容証明郵便により通知した
3 小問⑶
CとBは、本件債権売買契約締結の際、本件債権を真に売買する意思がないにもかかわらず、その意思があるかのように仮装する旨を合意した
第4 設問4
1 小問⑴
本件文書は、YがAから200万円を借り受け、令和7年12月1日までに返済する旨を記載してAに差し入れた金銭借用証書である。そして、弁済期を令和7年12月1日とする合意という法律行為そのものが文書に記載されているため、当該合意との関係では処分証書に当たる。
処分証書について、その作成者とされる者によって真正に成立したことが認められれば、特段の事情がない限り、その記載どおりの意思表示がされたものと認められる。
したがって、本件文書のY作成部分の成立の真正が認められれば、特段の事情がない限り、弁済期を令和7年12月1日とする合意がされた事実を直接認定することができる。
よって、本件文書は、同合意を認定するための直接証拠として位置付けられる。
2 小問⑵
私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定される(民訴法228条4項)。
そして、文書上の印影が本人の印章によって顕出された場合、印章は通常本人が厳重に保管し、みだりに他人に使用させないという経験則から、その印影は本人の意思に基づく押印によるものと事実上推定される。これが一段目の推定である。
さらに、本人の意思に基づく押印が認められれば、228条4項により、文書全体が本人の意思に基づいて作成されたものと事実上推定される。これが二段目の推定である。
本件では、Yは、本件文書にある二つのY名下の印影がいずれもYの実印によるものであることを認めているから、一段目の推定の前提事実は証明を要しない(179条)。しかも、Y自身、これらを自ら押印したことも認めている。
したがって、訂正箇所の右にある印影を含めて本人の意思に基づく押印が認められ、二段目の推定が働く。特に、訂正箇所付近の印影は訂正印として、弁済期の訂正自体がYの意思に基づくものであることを推定させる。
これに対し、Yは、押印時には弁済期が令和9年12月1日と記載されており、訂正箇所付近の印影はAに求められて押した捨印にすぎず、その後Aが「9」を「7」に書き換えたと主張している。
この主張は、Yが押印したという前提事実そのものを争うものではなく、押印後にAが文書を変造したとして、弁済期部分がYの意思に基づくこと、つまり二段目の推定を覆そうとする反証に位置付けられると考えられる。
そして、二段目の推定は反証によって覆すことができるため、Yは、訂正部分がYの意思に基づいてされたことについて真偽不明の状態を生じさせれば足りる。
(2542字)
9 刑事実務基礎
第1 設問1
1 小問⑴
Pが㋐の指示をしたのは、A方から発見されたICカード及びスマートフォンがAの所持・使用物であることを立証し、防犯カメラの人物が使用していた物との同一性からAの犯人性を推認するためである。
証拠⑤によれば、犯行直前、現場西方約100mの「乙」で犯人と服装等が類似する人物がICカードを使用し、赤色マスコットのストラップ付きスマートフォンで通話している。しかし、ICカードは無記名で(証拠⑥)、スマートフォンも名義人と使用者が一致するとは限らず、Aは実母と同居している(証拠⑱)。そこで、発見場所・状況を撮影し、実母から同所の利用状況や第三者の出入りを聴取することで、押収物がAの支配下にあり、Aが所持・使用していたことを証拠化し、第三者使用の可能性を排斥しようとした。
2 小問⑵
⑴ 証拠⑤によれば、3月1日午後10時23分頃、黒色野球帽・マスク、上下黒っぽい服装で黒色リュックを背負った人物(本件人物)が「乙」でICカードを使用し、同26分頃から約30秒、赤色マスコット付きスマートフォンで通話後、同28分頃、犯行現場のある東へ立ち去った。
⑵ 証拠⑥・⑮・⑯によれば、本件人物が使用したICカードとAの寝室から押収されたカードの固有IDは一致する。また、同26分からA名義番号からS名義番号への通話記録があり(証拠⑬)、A寝室から押収された上記特徴のスマートフォンの番号もA名義番号と一致し、同端末にもSへの通話記録がある(証拠⑮・⑰)。Sも同時間帯にAから電話を受けたと供述する(証拠⑭)。さらに、Aの寝室はAのみが使用し来客もなく(証拠⑱)、同室から本件人物と類似する帽子、ジャンパー、ズボン、リュックも発見された(証拠⑮)。よって本件人物はAと認められる。
⑶ Aは犯行時刻午後10時30分頃(証拠④)の約2分前、現場から約100mの「乙」から現場方向へ立ち去っており(証拠⑤)、犯行直前に現場付近にいたと認定できる。
第2 設問2
Bが証拠㉑・㉒を不同意、⑦・⑩・⑪を同意としたのは、前者が争点である殺意、後者が争いのない犯人性に関する証拠だからである。
BはAの犯人性及びVを斧で切り付けたことを争わず、殺意のみを争う。⑦は斧等の発見状況、⑩はマスク付着物とAのDNA型の一致、⑪はビニール袋の指紋とAの指紋の一致を示し、主に犯人性を立証する。これを不同意として証人尋問を行う実益は乏しいため、同意し(326条1項)、殺意に審理を集中させた。
他方、㉑はVの検察官調書で、Aが斧を頭より上に振り上げVの頭を目掛けて振り下ろしたとの犯行態様、㉒は法医学者の検察官調書で、約1kgの斧を強く頭部にたたき付ければ死亡の危険性が高い旨を内容とし、殺意認定の核心に関わる。そこで、V供述の正確性や法医学者の推論の合理性を反対尋問で吟味するため不同意とした。
第3 設問3
1 小問⑴
中止犯には「自己の意思により犯罪を中止した」ことを要する(43条ただし書)。結果への因果の流れが現実的に進行している場合、単に攻撃をやめるだけでなく、結果を阻止する程度の積極的結果防止措置を要する。
Aは約1kgの斧でVを2回攻撃し、上腕動脈を損傷させ、放置すればほぼ確実に失血死する状態にした。Aは後悔しWに「救急車を呼んでくれ」と伝えたが、自ら止血や119番通報をせず、Vの負傷や所在もWに伝えず立ち去った。WがVを発見し救急車を呼ぶかは偶然に委ねられ、実際Wも約50m歩いて偶然Vを発見した。よって積極的結果防止措置を施したとはいえず、中止犯は成立しない。
2 小問⑵
中止犯は必要的減免事由(43条ただし書)で、訴因を構成する事実ではないため、訴因変更なく裁判所が認定できる。
もっとも、当事者が中止犯を争点としていないのに判決で判断すれば不意打ちとなる。本件は公判前整理手続に付されているから(316条の2)、裁判所は当事者に中止犯を主張する意思があるか求釈明し(規則208条1項)、必要に応じ検察官には証明予定事実記載書面、弁護人には予定主張記載書面の追加・変更を促すべきである(316条の21、22)。その上でWへの通報依頼時の状況等を証拠調べし、中止犯の成否を争点化して判断すべきである。
第4 設問4
⑴ Vは氏名を公開法廷で明らかにせず、姿も傍聴人に見られないことを希望する。本件殺人未遂罪は290条の2第1項1・2号の犯罪ではないが、本件は男女関係のトラブルとして大きく報道され、Vは気分が塞ぎ眠れないこともあり、氏名がネット上に書き込まれ生活に支障が生じることを恐れている。氏名公開によりVの名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあるため、PはVの申出を受け、意見を付して裁判所に通知し(同条2項)、同条1項3号による被害者特定事項秘匿決定を求め得る。
⑵ Vの姿については、証人尋問の際、Vと傍聴人との遮へい措置を求め得る(157条の5第2項)。事件の性質、Vの精神状態、氏名・容貌がネット公開される不安等から、傍聴人の面前での供述により精神の平穏を著しく害されるおそれがあり、裁判所は相当と認めれば遮へい措置を採り得る。
第5 設問5
BがAに示談金不足分10万円を貸すことは弁護士職務基本規程25条との関係で問題となる。同条は特別の事情がない限り依頼者との金銭貸借を禁じる。弁護士自身の経済的利害が事件処理に介入し、職務の独立・公正や依頼者との関係を害する危険があるためである。
Bが貸せばAの債権者となる。示談成立はAに有利であるが、弁護人自身が示談金を提供すれば被告人自身による被害弁償・謝罪の意味が減殺され得る上、返済不能なら経済的利害対立も生じる。10万円と少額で示談目的でも「特別の事情」があるとはいえない。よってBは貸付けに応じず、示談金の減額・分割払い等を交渉すべきである。
(2385字)
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